28話 目覚めと困惑
次に目を開いた時に見えたのは見知らぬ天井だった。王宮内のどこかの部屋なのかな。服は王宮に着ていった服のままだから、倒れてからそんなに時間が経ってないのかもしれない。
目が覚めてまた真っ暗闇だったらどうしようと少し怯えていた私はふぅと息を吐いて肩の力を抜いた。あの暗闇が現実なのか夢なのかはわからないけれど、「思い出して」という声は頭にこびりついて離れない。
日本で生きていた頃のことをしっかりと思い出せということなのかな。日が経つにつれてどんどん曖昧になっていく記憶は、辿ろうとすると頭がひどく痛む。
ずきずきする頭を抱え、体を丸めて布団に潜り込む。ようやく痛みが治まって体の力を抜いたところで部屋の扉が控えめにノックされる音がした。どうぞ、と答えると、水差しを持った女性が入ってくる。
「失礼いたします。お目覚めだったのですね。体調はいかがですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「お目覚めの紅茶をお持ちいたしましょうか」
「いえ、お水でいいわ。……あの、ここはどこかしら」
「こちらは王宮内の休憩室になります。アンジェリカ様は3時間前に宝物館でお倒れになられて、そこから一番近いこちらの休憩室に運ばれました」
「そう、迷惑をかけたわね」
「とんでもございません。ご無事にお目覚めになられてなによりです」
場所の説明をしてくれた女の人に、さもどこだかわかりましたよという顔で返事したけれど、本当はどこだかさっぱりわかってない。アンジーちゃんなら王宮の地図が頭に浮かんでここだなってわかるのかもしれないけれど。
たぶん王宮の侍女さんだと思われる女の人は、セドリック殿下とシェリルちゃんを呼びに部屋を出ていった。
冷たいお水で喉を潤していると、また部屋の扉がノックされて、セドリック殿下とシェリルちゃんがやってきた。ふたりとも眉を下げて、心配そうな顔をしている。にこりと笑いかけると、少し安心したようだった。
「心配したよ、アンジー。なにか体に違和感はある?」
「いいえ、起き上がってすぐは少しくらくらしましたけれど、今はもう大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「体調がまだ戻りきってなかったのかしら。道中も馬車酔いしてらしたものね……」
シェリルちゃんが心配そうにそっと手を握ってくれる。あったかいな。もう大丈夫という気持ちを込めて、微笑みながらきゅっと握り返した。
「あの、体はもう大丈夫なのですけれど、なんだか不思議なことがあって……。少し聞いていただけますか」
おずおずとそう切り出してちらりと侍女さんや護衛さんたちの方を見ると、セドリック殿下は心得たというように頷いて、彼らに目配せをする。彼らが全員退室したのを確認してから、私はまた話し始めた。
「ええっと……気のせいだとか、夢を見ていたとか、そういう可能性もあるんですけど……。ステラリリィの腕輪を見ていたら、どんどん宝石の青い光が強くなっていって、目が離せなくなって。はっと気がついたら真っ暗闇の中にいました。全く何も見えなくて、動けなくて、どうしようと思っていたら女の子の声が聞こえたんです。思い出してって」
たどたどしく私がそう話すと、ふたりはうーんと首をひねる。
「腕輪に関しては、いつもどおりうっすら青い光を帯びているだけに見えたな」
「私も、特に光り方が強くなった感じはありませんでしたわ……」
「そうですか……。おふたりが見ていないということはやっぱり気のせいなのかも」
「いや、入れ替わりという不思議な状況下にあるのだから、君だけに現れた何かの知らせの可能性もある。気のせいだと決めつけない方がいい。うちの妖精学者たちにこれまでに似たことがなかったか調べさせよう。君もできるだけ記憶を思い出すことを意識して過ごしてほしい」
セドリック殿下のその言葉に、私はこくりと頷いた。思い出そうとするとひどい頭痛がするけれど、でもこの入れ替わりを解消するにはきっと必要なことなのだと、そう思えたのだ。
「でも……、リア。あなた、色々思い出そうとすると頭痛がするんじゃなかったかしら。大丈夫なの?」
握られっぱなしの手にまたきゅっと力がこもる。大切なアンジーちゃんの行方に繋がるかもしれない現在唯一の手がかりなのに、まず私のことを案じてくれるのだと思うと、胸がいっぱいになる。
「大丈夫。無理はしないように気をつけるね」
決意を込めてにっこり笑いかけると、シェリルちゃんはまだ心配そうな顔をしながらも頷いた。
***
私が倒れてしまったので、今日の予定はすべて中止して公爵邸へと帰ることになった。目が覚めてから姿が見えないと思っていたメアリは、公爵邸へ帰ってミリアーナさんに事態の報告をして、私が寝たままでも運べる大きな馬車に乗り換えて王宮に戻ってくるとのことだった。
休憩室でセドリック殿下とシェリルちゃんとお茶を飲んでいたところに帰ってきたメアリは、最初は青白い顔をしていたけれど、私が目覚めているのを見てほっとしたように肩の力を抜いていた。
「メアリ、心配をかけてしまってごめんなさいね」
「いえ、お目覚めになられて本当に良かったです。今日はもうゆっくり過ごしましょうね。馬車はまた酔うかもしれませんから、横になっていてくださいませ」
セドリック殿下と別れ馬車に乗り込んだ私は、そう言われて馬車の中で強制的に横たえられる。大丈夫なのにな……と助けを求めるようにシェリルちゃんを見ると、シェリルちゃんもうんうんと頷いているので私は潔く諦めてメアリにされるがままになった。
馬車は朝よりもゆっくりと時間をかけて公爵邸へと着いた。そしてメアリによって有無を言わさず寝室までまっすぐに連行される。
「今日はなにもせず、ゆっくりお休みくださいね」
「で、でも……さっきまで寝てたのよ……。眠くないわ……」
有無を言わさぬ笑顔で告げるメアリに、それでもなんとかと抵抗する。だって本当にもう眠れそうにないもん。寝たらまたあの暗闇の中かもしれないと思うとこわいし……。
「そうですね……では、ホットミルクを用意しますから、それを召し上がったらベッドの上でゆっくり過ごしてくださいね。よろしいですか?」
「クッキーも食べたいわ……」
「仕方ありませんね、すこしだけですよ」
メアリが用意してくれたはちみつたっぷりのホットミルクをちびちびと飲みつつ、クッキーをかじってぼんやりする。
夜の庭で密やかに飲む、ミリスティカ入りのホットミルクが無性に恋しかった。




