27話 王宮訪問
初めての馬車にテンションが上がった私だけれど、乗り込んで10分も立たないうちにぐったりしていた。
「大丈夫? あともう少しよ」
「ううう……きもちわるいぃ……」
シェリルちゃんの励ましに私は口を手で押さえて青い顔をしながらうめき声を返した。
今日は王宮へ訪問する日だ。ステラリリィの腕輪を鑑賞して、デビュタントの会場を見学して、お庭でお茶をする予定だった。馬車酔いのせいでこなせるか自信がないけど。
シェリルちゃんが代筆してくれたお手紙は無事にセドリック殿下に届き、シェリルちゃんと一緒に訪問することが許された。シェリルちゃんがいてくれなかったら王宮にいつ着くかもわからないまま馬車酔いに一人で耐えなければいけなかったのかと思うと、もうすでに感謝の気持ちがカンストしている。メアリは馬車に同乗できないらしいからね。
シェリルちゃんに4回励まされたあと、ようやく馬車が止まった。
御者席から御者とメアリが降り、扉を開けてくれる。その向こうにはにこやかに微笑むセドリック殿下がいた。
殿下の差し出した手に恐る恐る右手を乗せて、優雅さと少しの傲慢さを意識しながら慎重に馬車から降りる。アンジーちゃんの真似というのは会ったことがないから難しいけれど、ミリアーナさんっぽく振る舞うのはまだなんとかできそうだった。
ステップにそっと足を乗せたところでセドリック殿下が口を開いた。
「大丈夫かい? 顔色が良くないね」
「少し馬車酔いしてしまって。でも大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございます」
公爵家で会った時より少しつんとした態度を心がけつつそう言うと、セドリック殿下はちょっと面白そうにしながら顔を耳元に近づけてくる。
「侍従は一番口が固く僕に忠実な者を選んだし、護衛はアンジーと会ったことのない者にした。多少のことはごまかせるよ。けれど、そのふるまいを続けられるなら何も心配はいらないね」
それだけ言うと殿下は適切な距離に離れる。傍目からは恋人同士の情熱的な言葉を交わしたように見えたかもしれない。
私が馬車から降りると、続いてシェリルちゃんが殿下の侍従と思しき人にエスコートされて馬車を降りた。2人揃って挨拶をすると、セドリック殿下は満足そうな笑みを浮かべた。
「ふたりともよく来てくれたね。アンジーは知っているだろうけど、ここから少し歩いたところに宝物館があるんだよ。手続きは済ませてあるし、さっそく行こうか」
宝物館は貴族なら誰でも見学できるらしい。事前に申請して、警備の人をともなって、という条件がつくけれど。
馬車を降りた場所は王宮の正式な馬車寄せではなく、もっと奥にある、王族がプライベートな用事の時に使う馬車寄せらしい。こじんまりとしていて人の気配は少ない。
「正面の馬車寄せは人が多いからね。せっかくアンジーとゆっくり会えるのに他の人たちに呼び止められて長話……だなんて嫌だからこちらに止めさせたんだよ」
「そ、そう。ありがとう」
まっすぐこちらを見つめてそんなことを言われたので、私に対して言ったのではないとわかっていても動転した。泳いでしまった目は隠せないけれど、顔の大半を扇で隠してこっそり深呼吸する。
少しして冷静になったところで、人を避ける理由をそういう風に周りに説明してくれたのだなと理解した。今、人のいない細い道を通って宝物館に向かっているのも同じなんだろう。
「さ、着いたよ。アンジーも久々だよね。入って真正面にステラリリィの腕輪があるよ」
宝物館は、博物館とか美術館とか、そんな雰囲気の建物だった。宝物殿入口の警備によってうやうやしく扉が開かれる。
少し薄暗い館内に入ると、奥までまっすぐ赤い絨毯がひかれていた。絨毯を目で辿っていくと奥は数段の階段があって、その奥の壁面には絵が描かれていた。きらめく白銀の髪をゆらめかせた妖精が、憂いを帯びた目をした青年に腕輪を渡している。絵の下には台座があり、金色のものが天窓から降る光を反射してきらめいているのが見えた。あれがステラリリィの腕輪なんだろう。
荘厳な雰囲気に息を呑む。後ろでシェリルちゃんも同じようにしたのを感じた。セドリック殿下に目配せで促されてそっと前へ進む。
何も話してはいけない、不必要な物音を立ててはいけないような雰囲気だった。みんな同じ気持ちなんだろう。足音だけが館内に響く。
腕輪の前に着き、私とセドリック殿下、シェリルちゃんで台座を囲うようにしてステラリリィの残した腕輪を眺める。
「これが、ステラリリィの腕輪……きれい」
シェリルちゃんがうっとりと小声で漏らした。
腕輪は細い金の線が絡みあって複雑な模様を描いている。何かの文字のようにも、花や葉のようにも見えた。そして、ムーンストーンのような青白い光を淡く放つ宝石が埋め込まれている。
ジュエリーや美術品の価値は全然わからないけれど、それでも美しいと感じる。まるで魅入られるようだった。目が離せない。
「昔はもっと青い光が強く揺らめいていて、今よりも幻想的だったそうだよ。……アンジー?」
「……? おねえさま? どうなさいましたの?」
遠くからセドリック殿下とシェリルちゃんの声が聞こえる。目の前では腕輪の宝石が青く青く光っている。視界を青い光が埋め尽くして、意識がぷつりと途絶えた。
***
目が覚めると辺りは真っ暗だった。明かりひとつなく、自分の手さえ見えない暗黒。だれか、と声を出そうとして、声も出ないことに気づいた。怖くて一歩も動けず立ちすくむ。
ここはどこだろう……。ステラリリィの腕輪を見てたらなんだかおかしくなっちゃって……。
どうすることもできず途方に暮れていると、遠くからかすかに誰かの声が聞こえた気がした。
じっと耳を澄ます。鈴が鳴るような、女の子の声が聞こえる。
————————て。
————思い出して。
思い出す……? なにを……?
意味がわからず困惑しているうちに、意識が曖昧になって周囲に溶けていく。
あの声はだれなんだろう
私はなにを思い出さなければならないのだろう




