24話 新しいドレスの仮縫い
セドリック殿下とのダンスで自分の不甲斐なさに少し落ち込んだ翌日。この日はメアリの実家である仕立て屋のデザイナーのマダム・コレットとお針子さんたちが新しいドレスの仮縫いにやってくる予定だ。
ドレスのデザインを急遽変えることになって、使者として公爵家と実家を忙しく往復していたはずのメアリは、その疲れを見せるどころかいきいきと朝早くから私の身支度を手伝ってくれている。
「今日仮縫いするドレスはメアリも考えてくれたデザインなのよね?」
機嫌の良さを隠しきれない様子で私の髪をくしけずってくれているメアリに鏡越しに声をかける。
「ふふふ……そうなんです。奥様のご要望から私がデザインの草案を描いて、そこから奥様とマダム・コレットに修正いただいたのですよ」
「え、それってもうほとんどメアリのデザインってことじゃない?」
びっくりして思わずメアリの方を振り向いた。
得意げだったメアリは、嬉しそうに、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ずっとお嬢様のことを見ていますもの。私が一番お嬢様の魅せ方をわかっていますわ」
自信に満ちてきらきらしているメアリが可愛くて、思わず微笑んだ。それと同時に、私がアンジーちゃんの体を借りているだけの別人で、メアリが着飾りたいアンジーちゃん本人ではないことに罪悪感を覚えた。……もしかしたら、もうメアリは私がアンジーちゃんじゃないってわかっているのかもしれないけれど。言わないだけで。
「さあ、できましたよ」
ドレスが見やすいように、今日は綺麗に髪を結い上げてくれた。本番もこのようにアップスタイルになるらしい。
紅茶を飲みながら少し待つと、マダム・コレットたちが到着したとの知らせを受けた。
メアリとともにダンスホールに移動すると、すでにマダム・コレットたちは部屋の中にいた。私が部屋に入るとすぐにマダムとお針子たちが深々と礼を取る。
「顔を上げて。今日はよろしくね」
柔らかく貴族らしく微笑んでそう言うと、彼女たちは顔を上げた。みんな目がギラギラしてやつれて見える。無理をさせてるんだろうな……。
「アンジェリカお嬢様におかれましては本日もご機嫌麗しゅうございます。公爵夫人がお越しになられましたら、早速ご試着をいただければと存じます。スカートの生地はこちらの中から実際にあわせて選んでいきましょう」
そう言ってマダムが指し示した机には、シフォンやチュールのような透け感のある生地が山のように置かれている。
デビュタントだからステラリリィの色に合わせて全部白色なんだけど、少しずつ色が違っていてたくさんの種類がある。
「こちらの生地はアルスバニアから取り寄せたものになります。夏のドレスのお袖などに使うと良いのではと以前奥方様にお見せしたのですけれど、今回お嬢様のデビュタントのスカートにお使いになられたいということで、改めて取り寄せたのですよ」
生地に見とれていると後ろからメアリが説明してくれた。アルスバニアって隣の隣くらいの国だったかな……? ドレスのデザイン変更にたくさんの人が大慌てで動いてくれたんだろうと想像できて少し引いてしまう。
「あの、ごめんなさいね、大変だったでしょう」
ミリアーナさんが急遽ドレスのデザインを変えるといったのは、私のダンスに不安があって、少々ミスしてもバレにくいデザインがいいという理由からだ。だから、まあ、その、つまり、私のせい……。
立場上ほんとは謝ってはいけないんだけど、ついつい謝罪の言葉が口をついて出てしまった。だって申し訳なさすぎる。みんながやつれてるのは私が原因なんだから。
「なにをおっしゃいます! 確かに日程的には余裕はございませんけれど、こんな素晴らしいアイディアをいただいて、新しいドレスを生み出せるのです。お針子たちもやる気に満ち溢れているのですよ。これはきっとこれから流行りますわ」
後ろでお針子さんたちもうんうんと頷いている。それなら良かったけど……。
そんな話をしているうちに、ミリアーナさんがダンスホールに到着した。マダムたちの挨拶が終わると、ミリアーナさんはこちらを見て、ニヤリと形容したくなるような笑みを浮かべた。覚悟はしてきたけど……これ……長丁場になりそうだね……。
仮縫いのドレスを着せてもらう。スカートは普通よりほんの少し丈が短い。この上にスカートより長めの透ける布をいくつも重ねてふわふわにすることで、ステップを間違えてもわかりにくくなるらしい。
その重ねる生地をどれするか、あれこれと巻き付けながらマダムとミリアーナさんとメアリとで議論が続いている。私にはよくわからないけれど、布の組み合わせで透け感を調整したり、足を動かした際の揺れ方が変わるっぽくて、三人はその最適解を探しているみたい。
私は言われるがまま、さるがままに布を巻かれ、軽く踊り、三人の判断を待つ。
どれくらい時間が経っただろう。私に疲れの色が見え始めたということで、少し休憩させてもらえることになった。メアリはずっと話し合っているので、ミリアーナさんの連れてきた侍女さんがお茶を入れてくれる。私もゆっくり布を見たかったので、布地がたくさん置かれている机の近くで休憩することにした。そこで、ふと机の隅にリボン状の布がいくつも置かれていることに気づいた。どれも見事な刺繍が施してある。
「リボン……?」
なんであるんだろう? と首を傾げていると、お針子さんの一人がおずおずと答えてくれた。
「あの……これは刺繍の見本でございます。もしお気に召されたものがございましたら、ドレスに同じような刺繍ができます」
「ああ、そうなの。教えてくれてありがとう」
そう返すとお針子さんは恐縮そうに身を縮こまらせた。もう少しお話できたらと思ったけれど、あんまりあれこれ聞くのはちょっと申し訳ないね。
いろんな刺繍があったけれど、中でもビーズとスパンコールでステラリリィが描かれているものが、ひときわ目を引いた。このリボンもらえないかな……ほしいな……。それくらい気に入ってしまった。
「あら、いいじゃない。これが気に入ったのね」
見入ってしまっていたのか、隣にミリアーナさんが来ていることに気づかなかった。声がすぐ隣から聞こえて飛び上がりそうになる。
ミリアーナさんが手に取ったリボンはまさしく私がじっと見つめていたものだ。そんな分かりやすく物欲しそうに見てたかな……。恥ずかしくて、おずおずと頷いた。
ミリアーナさんの指示でそのリボンは三人のすぐ側に置かれ、ドレスの刺繍の位置や大きさについてまた議論が始まった。
え、待って。この刺繍がドレスに入っちゃうの!? 私がじっと見てたから?
焦って思わず、「おかあさま!」と声を出してしまった。ミリアーナさんは怪訝そうにこちらに視線をよこした。
「えっと、その……」
大きな声では話せないことだし……とごにょごにょしながら近づくと、仕方のない子ねと言うような顔をしてミリアーナさんもマダムとメアリから離れてくれる。
「あの、私の好みなんかを採用いただいていいのですか……? アンジェリカさんがもし当日にまでに戻られて好みじゃないとなったら……」
ほかの人に聞こえないようひそひそと話すとミリアーナさんも扇を開いて口元を隠す。
「いいのよ。どうせあの子は服のデザインに興味ないもの」
「え、そうなのですか」
「どこで作られた布だとか誰が作ったのかだとかには関心があるようだけれど、あとは場に沿うものなら何でもいいのですって。デビュタント用の変更前のデザインは私が決めたものだし、そもそも衣装室にあるものはすべて私やメアリが選んで作ったものよ」
呆れたような声でミリアーナさんはぼやく。そういえばメアリもアンジーちゃんはあんまり服に興味がないって言ってたな……。でも晴れ舞台のドレスまでなんでもいいんだ……?
「だから気にしなくていいわ。あなたはあの刺繍が気に入ったのでしょう?」
「はい。その、この中で、いちばん」
胸がいっぱいになってそう言うと、ミリアーナさんは満足げに頷いた。
* * * * *
マダム・コレットたちは朝早くにやってきたのに、終わったのはお昼の時間もとうに過ぎておやつの時間という頃だった。
疲れ果てたので人払いをして私室でゆっくりとお茶を飲みながら軽食をつまむ。誰もいないから少々お行儀が悪くても問題ない。ソファにだらりともたれかかって息を吐いた。
マダムやお針子さんたちは今日決まった布地を使ってこれからドレスを本縫いして、あの素敵な刺繍を施してくれるのだ。……楽しみだな。
ぼけーっと天井を眺めてどれくらい経っただろうか。侍女さんたちの控室の方から控えめなノック音がしてはっと意識を取り戻した。
慌てて姿勢を整えて、どうぞと声をかけるとメアリが姿をあらわした。
「お休みのところ失礼します。シェリルお嬢様がこれからお会いできないかとおっしゃられておりますが、いかがいたしましょう」
シェリルちゃん元気になったのかな!?
私は一気に元気になって、今すぐで大丈夫!と返事した。
「あ、私がシェリルのお部屋に行ってもいいかしら? いつも来てもらってるもの」
「かしこまりました。シェリルお嬢様つきの侍女にそう伝えます」
メアリはにっこり笑って一礼してから控室に戻っていった。
少し待つとメアリが戻ってきて、シェリルちゃんに会うために私の髪を整えてくれる。ちょっとだらっとしたら少し乱れちゃったみたい。
無事にシェリルちゃんからお部屋訪問の許可を得られたのでそわそわしながらお部屋へ向かった。
初めてなんだよねぇ、シェリルちゃんのお部屋。どんな部屋かな。




