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ステラリリィに願いを込めて〜転生したら元に戻ってと悲しまれています〜  作者: みさくらみかん


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22話 願いを叶える腕輪

 今、私の目の前には、まばゆいばかりのオーラを身に纏って優しげな笑みを浮かべる、理想的な王子様がいた。


 セドリック殿下とお会いするのは約2週間ぶりだ。

 遅くなってすまないと殿下はおっしゃるけれど、私のダンス習熟具合としてはようやく相手の足の蹴飛ばさずに基本ステップで室内を一周回れるかどうか……という状態なので、お越しになるのむしろちょっと早いくらいだよ。

  

 ミリアーナさんにまだ殿下と練習するのは早いんじゃないかって聞いてみたけど、実際の相手と練習しないと意味がないのよとばっさり却下されちゃった。

 そんなわけで、いつもの舞踏室にセドリック殿下をお招きして、ダンス練習が今始まろうとしている。


 純白の手袋に覆われた手がにこやかに差し出される。どきまぎしながら一礼してその手を取ると、そのまま引き寄せられて背中に手を回された。爽やかな新緑のような香りが鼻腔をくすぐる。近い……!

 

「ひっ、ひぇっ……!」

 

 思わず殿下の胸をぐいっと押して後ずさる。その直後に、大変な失礼を働いてしまったと気づいて慌てて謝罪した。

 

「す、す、すみません、ち、ちかくて……」

 

 セドリック殿下の顔をちらりと伺う。目を丸くして驚いたような表情を見せていた殿下は、私と目が合うと小さな子供を見るような慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


 あー……失望させちゃったかな……。恥ずかしがってる場合じゃないもんね……。頑張らなきゃ。

 

 殿下が口を開こうとするのを制止するように、私は俯いていた顔を上げてひとつ大きく呼吸した。

 

「取り乱してすみませんでした。――もう一度、お願いします」


 まっすぐ向き直って告げると、セドリック殿下の口角が少し上がった。

 

「最初は緊張するだろうけれどすぐに慣れるよ。さあ、がんばろう」

 

 セドリック殿下が再び手を差し出して、その手を取ると先ほどと同じように背中に手が回る。男の人の体温を感じて変に体に力が入ってしまっているのが自分でもよく分かった。ほんとに慣れるのかな……。

 

 セドリック殿下がミリアーナさんに目配せして、ミリアーナさんは鋭い目でこちらを見つめながら持っていた弦楽器を弾き始める。それと同時に私たちもステップを踏み始めた。

 

 セドリック殿下はメアリより背が高い。だからか、一歩一歩が大きくて、うまく合わせられずにぶつかってしまったり2人の位置がズレてしまったりする。その都度殿下が調整してくださるけれど、なかなかうまく呼吸が合わず、ばたばた、ちぐはぐ、といったダンスになってしまう。

 

「いつもより身体が固くなっていますよ。もっと殿下に身を任せて。力に逆らわずに受け流しなさい」


 ミリアーナさんからの指摘が飛ぶ。頭では理解できるんだけど、身体がそんなに思ったとおりには動かないんだよね……。


 ただただひたすらにくるくると回りながら舞踏室内をぐるりと一周する。何度も繰り返して、なんとか見苦しくない姿で一周回ることができた。セドリック殿下が上手く誘導してくださったおかげだ。

 私がへとへとになってしまったのでダンス練習は一旦中断となった。

 

 ふぅ……と長い息を吐いてからセドリック殿下やミリアーナさんの顔を見ると、二人とも涼しい顔をしている。セドリック殿下は私と踊りっぱなし、ミリアーナさんは弦楽器を弾き続けながら私達に指導してくれていたのに……体力がちがうのかな。


「少し休憩して練習を再開するのもいいけれど、僕としては少しリアと話して親睦を深めた方がいい気がするんだけどどうだろう?」

「そのほうが良さそうですわね。リアはどうにも緊張してしまっていますもの。侍女と踊っている時はもう少しマシなのですよ」


 ということで応接間に移動してセドリック殿下と二人でお茶をすることになった。急に決まったこととは思えないほどの速さで侍女さんたちが色とりどりの美しいお菓子と冷たい紅茶を用意してくれて、彼女たちは扉を開けたままにして部屋を出て行った。


 な、何を話そう……。

 緊張してうつむき気味にそわそわしていると、セドリック殿下が話を切り出してくれた。


「前回会った時には全く踊れないという話だったけれど、ずいぶん努力を重ねたようだね」

「ミリアーナ様とメアリ……ええっと、侍女のおかげですわ。シェリルもいろいろとアドバイスをくれました。……あの、アンジェリカ様はダンスがお上手だったのでしょうか」

 

 私がアンジーちゃんの名前を出すと、殿下は大切な記憶を取り出すように一度目を伏せて寂しそうな笑みを浮かべた。

 

「そうだね。才能もあったのかもしれないけれど、努力しているようだったよ。みっともない姿は見せたくないと言って、昔からよく一緒に練習したんだ。会う度に彼女がどんどん上達するから、呆れられないように僕も必死だったな。……まだまだダンスのお披露目となるデビュタントは先だったのにね」 

「セドリック殿下も、アンジェリカ様も、デビュタントを楽しみになさっていたのですね……」

 

 たくさん練習して心待ちにしていたものを横取りしてしまったようで胸が痛む。

 

「うん? あぁ、いや、一緒に踊るのが楽しみだとか、そういうのはたぶんアンジーは思っていなかったと思うな。デビュタントはご令嬢たちにとって社交界への初めての顔見せになるだろう? 初めに抱いた印象は後に引くからね。舐められると今後やりづらくなるから完璧で威厳のある存在だと印象づけたいと言っていたよ」

「な、なるほど……?」

 

 仲の良い恋人同士が頬を染めながらきゃっきゃとダンスしている様子を想像していたけれど、実際はそんなロマンチックなものではなくて政治的な立ち回りのお話だった。

 

 ふたりの長年の夢の邪魔者になってしまったわけではなさそうでよかったけれど、デビュタントまでに体を返せなければ私が威厳のある振る舞いをしないといけないと思うとプレッシャーに身がすくむ。

 

 私が黙り込んでしまって、会話が途切れた。

 

 どうしよう……とまた視線を彷徨わせていると、部屋の隅に置かれた花瓶が視界に入った。百合のような形で、赤と黄色の鮮やかな色合いの花がメインで生けられている。その力強い姿にふっと肩の力が抜けるのを感じた。

 

「花が好きなのかい?」

 

 私の視線の先を確認したセドリック殿下が問いかけてきて、私は自分があからさまに花を眺めていたことに気づいて恥ずかしくなった。

 

「あ……はい。詳しくはないのですけれど、見てると癒やされます。毎日部屋に届くお花が最近の楽しみで……」

「君の生活の中に少しでも楽しみがあってよかった。――ああ、そうだ。本番の舞踏会ではいたるところにステラリリィの花が飾られているんだよ。それを見たら君の緊張も少しは和らぐかもしれないね。王宮の庭師達が作った様々な色のステラリリィが今年も飾られるはずだよ」

 

 きらびやかなお城のホールが様々な色のステラリリィの花で彩られているのを想像して、私は思わず微笑んだ。

 舞踏会は怖いけど、会場を見るのはちょっと楽しみかも……。

 

「ステラリリィの花は白色だけじゃないのですね。この前読んだ神話の絵本や貴族の紋章に描かれているのは白色ばかりなので、てっきり白だけなのかと」

「妖精ステラリリィを表す花は白のステラリリィだからね。元々は白だけだったのを、研究者や庭師たちが品種改良を繰り返して様々な色を作ったらしいよ」

 

 あまり詳しくなくて申し訳ないけれど、とセドリック殿下は微笑んで冷たい紅茶に口をつけた。氷がからりと涼しげな音を立てる。


「ステラリリィといえば、絵本に『ステラリリィが王様に願いをかなえる腕輪を授けた』と書かれていました。あれは、素敵なおとぎ話なのでしょうか。それとも、本当に存在するものなのでしょうか?」

「ああ、実在するよ。うちの宝物庫に保管されてる。——腕輪を使えば君とアンジーを戻せるんじゃないか、そう思ったんだね?」

 

 そのとおりだ。私はこくりと頷いた。

 この願いが貴重な腕輪を使うにふさわしい願いなのかどうかは私には判別できないけれど。

  

「僕も腕輪が使えたらと思ったんだけどね。――極秘事項なんだけど、実は願いは四代前の王が使ってしまっていて、残念ながらステラリリィの腕輪はもうただの腕輪なんだ」

 

 言いながらセドリック殿下は悲しげに目を伏せる。

 

「そう、なのですか……」

 

 腕輪を使えないことがわかって、残念なような、ほっとしたような複雑な気持ちになって、私は無難な言葉を紡ぐしかできなかった。

 

 デビュタントは怖いし、アンジーちゃんに成り代わって生きていくなんて無理なんだけど、元に戻る手段が見つかるのも怖い。どっちつかずの気持ちのまま日々を過ごしている。このままじゃいけないのに。


「もしよかったら、腕輪を見に来るかい? 願いは叶えられないけれど、装飾の見事な美しい腕輪で見る価値はあるよ。ついでに舞踏会の会場や庭園も案内するよ」

 

 うつむいて黙ってしまった私の様子を見て、腕輪が使えないことがわかって落ち込んでると思ったのだろう。ことさら優しい声でセドリック殿下がそんな提案をしてくれた。正直、腕輪を見ても美術品としての価値がわからないからどうかな……と思ったけれど、舞踏会の会場をあらかじめ見学できるのはいいかも。当日のことがイメージしやすくなるしね。お城の庭園もきっとすごく綺麗なんだろうな。

 王子様に案内してもらうのは緊張するけれど、慣れなきゃいけないし……。

 そう思って、私は笑顔を作って返事をした。


 「ありがとうございます。セドリック殿下のご都合がよろしければ、ぜひ」

「じゃあ日程はまた後日連絡しよう。庭園ではもうすぐラーレの花が見頃になるから楽しみにしていて」


 ラーレというのはチューリップみたいな花だ。この家の庭でも日に日に蕾がふっくらしてきていて、開花を楽しみにしているところだ。


 「花を見ながらお茶でもできたらいいね。君はどんなお菓子が好き?」

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