20話 叱責 〜ジェイク視点~
「ジェイク、ちょっと来い」
翌日、いつも通りに仕事をしていると眉間に皺を寄せた父さんに呼び出された。
「お前、なんかやらかしたのか?」
「いやぁ……心当たりはないけどな……。行ってくる」
心配そうに声をかけてくれた同僚に首を傾げながら返事をして立ち上がる。
仕事では心当たりはなかった。昨夜のことか?
歩き出した父さんについていく。説教会場はどうやら家の中らしい。
居間の自分の席に座った父さんは顎で俺に対面に座るように促す。俺が席に着いたのを見て、これまで無言だった父さんは口を開いた。
「お前はアンジェリカお嬢様をどう思っている」
「どうって……。お嬢様はお嬢様だろ。最近なんか大変なんだろうな、とは思うけど……?」
「…………異性として、意識しているのか?」
「は!? お嬢様は貴族だろ? しかも婚約者もいるのに?」
何をありえないことを言ってるんだと返すと、父さんは深いため息をつく。
「……最近アンジェリカお嬢様が夜にこの辺りにお越しになっているらしいな。そして昨夜お前はお嬢様を温室に入れてなにか飲み物を飲ませたと、そう聞いた」
「あぁ……それは合ってる。でもやましいことなんて何もねぇよ。お嬢様が凍えてたから風邪を引かないように暖を取ってもらっただけで」
「それならいいが……」
まだ疑っているような眼差しで父さんはこちらを見ている。
「くれぐれも、お嬢様と間違いを起こすんじゃないぞ。貴族と平民、お嬢様と使用人、この関係から絶対に逸脱するな」
「分かってるよ」
「今後、室内で2人きりになったり飲食物をお出しするのは止めろ。そういうお達しだ」
「分かった。もうしねぇよ」
「ならいい。仕事に戻れ」
家を出た俺はふーっと息を吐いた。まあ昨日のあれは怒られても仕方ないな。覚悟の上だった。
たとえ怒られてもお嬢様が凍えてたらまた温室に入ってもらうと思う。嫌ならお目付け役の方がお嬢様をもっとモコモコに着せておけよ。お風邪を召されたら大変だろ。
怒られてもあんまり反省はしてなかった俺だけど、次にお嬢様がお越しになられて、ホットミルクをご所望になられた時にはちょっと困った。
けど、落ち込んだ様子のお嬢様におずおずと申し訳なさそうに、切実そうに請われて断るやつがいるか?
用意して差し出すと、泣き出しそうな顔をしていたお嬢様は柔らかに微笑んで受け取った。
「ありがとう。これを飲むとよく眠れるから……」
お仕事中にごめんなさい、と謝るお嬢様は、お貴族様ではなくて、弱りきったただの女の子のように見える。
その姿を見て俺が思わずこぼした、お変わりになられたという言葉に反応してお嬢様は泣き出した。
今までの自分と今の自分は違う。求められているように振る舞いたいのにうまくできない。
ぽつぽつと語るお嬢様の言葉は苦しみに満ちていた。
自分のままでいることを認められない、ずっと演技しているような状態でいなければならない苦しみはいかほどだろう。
お嬢様のことが好きとかそんなんじゃない。でも、こんなに苦しんでいるのを放っておくなんてできない。ただの使用人にこんなに気を遣う子が、ずっと悲しんでいるんじゃなくて、どうか笑って楽しく過ごせるようになってほしいと思った。
***
翌日は久々の休みだったので買い物をしに街をふらついていた。園芸雑誌ボタニークの最新号を手に入れた後、母親につかいを頼まれたボタンや茶葉などを買って回る。
その最中にふと陶磁器店の店頭に並ぶマグカップが目に入った。
少し変わった丸い形のマグカップには、淡い色合いの小さな花たちが繊細なタッチで描かれている。
一目見て、お嬢様に似合うな、と思った。
次の瞬間に、自分は何を考えているんだと頭を振って店の前を離れた。
だけど、買い物を終えてもどうしてもそのマグカップのことが頭を離れなかった。
「別に贈り物をするわけじゃないし……家の古ぼけたマグカップをお嬢様にお出しするより新しい物の方がいいだけだし…………」
誰が聞いてるわけでもないのに言い訳をして、再び店に戻ってマグカップを買う。
「贈り物ですか?」
「あぁ、いや、妹に頼まれてね……」
穏やかな笑顔の店主に尋ねられて、苦笑いを返した。
妹なんていないけど、本当のことは口が裂けても言えない。
「そうですか。妹さんは何色がお好きですか?」
「え? うーん、ピンクかな?」
しどろもどろに返事すると、店主は全てわかっていますよとでも言うような慈愛の表情でピンクのリボンを使って包装してくれた。
好きな相手への贈り物だと勘違いされている気がする。
とはいえ、訂正する気にもならなかったので曖昧な笑顔で受け取って、買った荷物の奥に隠して持ち帰った。
「なにやってんだろ……」
自室に帰って冷静になった俺はピンクのリボンに包まれた箱を眺めながらため息を吐いた。
つい買ってしまったけど、これをお嬢様にお出しするのか? お嬢様に特別な感情を持っていると思われて警戒されるんじゃないか? そうなったらお嬢様はここに来れなくなって、逃げ場がなくなってしまう。出しゃばったまねはすべきじゃない。
マグカップを引き出しの奥に突っ込んで、忘れることにした。




