17話 二人でダンスを踊ってみよう
今日もミリアーナさんの前でくるくる回る。最初はすごく目が回ったけれど、メアリの言う通り、ひたすら繰り返していると酔わなくなってきた。
「ちょっとメアリと組んでみなさい」
メアリと話していたはずのミリアーナさんがそう告げる。
組む……? あっそうだ、ダンスは一人でやるんじゃなくて二人で踊るものだったね。一人での練習しかやってきていなかったので本来の姿を忘れそうになっていたことに気づく。
「メアリ、男性役もできますの……?」
「ふふふ、初歩程度ですが」
すごい! という目で尋ねると、メアリは少し得意げに笑った。
片手は繋いでもう片方の手は肩に乗せる。
ち、近いな……!? え、うそ、これをセドリック殿下とするの…!??
ほぼ抱き合って密着している状態に女性同士なのにドキドキする。いやこんなの殿下っていうか男の人となんて無理だよ……!
ドキドキしながらミリアーナさんの指示通りに動く……けれどすぐにぶつかってしまってうまく踊れない。
「あれ……?」
「身体が硬くなりすぎよ。相手の力を受け流すように動きなさい」
む、難しい……! 一人でやってたのと勝手が違いすぎるよ……!
ミリアーナさんに何度もダメ出しされ、メアリを蹴ったりぶつかったり踏んづけたりして何度も謝って、この日のダンスレッスンを終えた。
メアリにあまりにも申し訳なくて精神的疲労がすごい………。
「ごめんなさいメアリ……あざとかいっぱいできたでしょう……?」
舞踏室からの帰りに肩を落としてそう謝罪したけれど、メアリはにっこり笑っている。
「いえいえ、お気になさらなくて大丈夫ですよ。たくさん練習しましょうね。練習した分だけドレスがより美しくなりますからね」
私の気を軽くするための軽口なんだろうけれど、メアリの目が燃えているような気がして私は少し怖気づいた。
***
春の陽射しを受ける花瓶の花たちを見て考える。
私は花を見ると癒されるけれど、シェリルちゃんは何が好きなんだろう。
しょっちゅう一緒にお茶を飲んでいる割には、シェリルちゃんのことを知らないことに気づいた。
話すことは私のお作法に対する指導だったり、シェリルちゃんのお勉強内容や、この国の常識について。あとは時々、私のモヤがかった記憶について何か変わったか尋ねられるくらいかな。……残念ながら、記憶については何も状況は変わっていないのだけれど。
「ねぇ、メアリ。シェリルの好きなものを知ってるかしら。昨日元気がなかったから、何かできたらと思うのだけれど」
「それは心配ですね。それでしたら、シェリルお嬢様付きの侍女に聞いておきます」
「……あんなによく話していたのに、好きなものすらわからないの」
気落ちしながらそう話すと、メアリはこれからお話していけばいいのですよと慰めてくれた。
午後はまた貴族名鑑を覚える作業なんだけれど、これがもうどうしても覚えられない。馴染みのないカタカナの羅列だから、覚えたと思っても少しするとあやふやになってしまう。
いっこうにページが進まないのを見かねたメアリが歴史と一緒に覚えるのはどうかと提案してくれた。以前のアンジーちゃんは歴史を学びながら、それに関連付けて貴族の名前も覚えていったらしい。
図書室の扉を開く。ここに来るのは目覚めてすぐ以来かな?
古い紙とインクの匂いが充満した部屋で、アンジーちゃんが使っていたという歴史の本をメアリが探してくれている間、私はなんとなしに目の前に並ぶ本の背表紙を眺めていた。
「――花図鑑」
目に留まった深緑色の装丁の本を手に取る。
本を開くと、綺麗な花が繊細なタッチで描かれていた。
ぱらぱらとめくっていくと今朝届いた花を見つけた。ソフィーラという名前らしい。花言葉も載っていた。花の色によって花言葉が変わるみたい。
今日届いたピンクのソフィーラの花言葉は――幸福を導く。
文字を指でなぞり、つい笑みがこぼれた。きっと今日綺麗に咲いた花を届けてくれただけで、花言葉を意識なんてしてないはずだけど、なんとなく心が満たされるような気持ちになる。
「そちらもお部屋でお読みになられますか」
メアリの声に顔を上げると、メアリが戻ってきていた。歴史の本は見つかったらしい。
「うん、そうしようかしら」
今日のお花の名前はなにかな? と調べるのを毎朝の楽しみにしようと思って、メアリに本を手渡した。
* * * * * * *
私室に戻って歴史の本を読んでいく。確かに、歴代の王様の名前は歴史上の出来事と結び付けた方が覚えやすい。戦争が大好きだったんだなとか、芸術に造詣が深くてその時代には文化が急速に発展しただとか、キャラ付けされると覚えやすくなるね。
――でも、これデビュタントの日に必要なのかな……? 貴族としてはきっと知っておいた方がいいと思うけれど……。
ずっとそう思いながら暗記しているから、あんまり身に入らないのかもしれない……。
少し疲れて体を伸ばしていると、メアリが眠気覚ましのコーヒーを淹れてくれた。ミルクとお砂糖をたっぷり入れた甘いコーヒーだ。ブラックは苦くてとてもとても飲めないんだけど、以前のアンジーちゃんはブラックを好んでいたらしい。かっこいいね……。
「朝におっしゃられていたシェリルお嬢様のお好みのものについてなのですが」
「なにかわかりまして?」
「はい。シェリルお嬢様はマルスのパイが特段お好きだそうです」
マルスはリンゴっぽいしゃくしゃくした甘酸っぱい果物だ。アップルパイってことだね。
「そうなのね。うーん……厨房で作ってもらってお部屋に持っていくのはどうかしら……?」
「そうですねぇ……シェリルお嬢様は今も少しふさぎ込んでいらっしゃるようなので、お手紙を添えてあちらの侍女に渡すくらいが良いかもしれませんね」
そっか、私が行ってもシェリルちゃんの負担になるだけかな。寂しいけれど仕方ない。私がアンジーちゃんの中にいるんじゃなくて、私自身の体でここにいたらまた何か違ったかな。
そう考えたところで、一瞬ずきりと鋭い痛みが頭に走って顔をしかめる。
「お嬢様」
「大丈夫、なんだか一瞬頭がずきっとしただけよ」
心配そうにこちらをうかがうメアリにへらりと笑って返す。
「マルスのパイ、明日にでも作ってってお願いしてもいいのかしら」
「はい。厨房の方に伝えておきます」
「ありがとう。じゃあ私は手紙を書くわ」
食べてくれるといいな……。それで、少しでも気持ちが楽になってくれたらいいな……。




