16話 新しいドレスと元気のないシェリルちゃん
昨日はなかなか寝付けなかったからなんだか気だるい。でも、その分練習したターンはだいぶ上達した気がする。
届いたスズランみたいな可愛い花を花瓶に挿して、私は今日も舞踏室に向かった。
「あの、お薬ありがとうございました。よく効いてとても楽になりましたわ」
「そう。なくなったらまた届けさせるから言いなさい」
ミリアーナさんの表情が少し柔らかくなってきた気がする。うれしいな。
右回りのターンは一応合格をもらって、次は左回りを教えてもらう。前回同様解説付きでスローモーションのお手本を見せてもらって、その後ひとりで練習する。
「メアリ。アンジーのデビュタントドレスはあなたのところに頼んでいたわよね?」
私がくるくる回っているのを見ていたミリアーナさんが、ふいにメアリに話しかけた。
「はい。光栄ながら」
「ドレスを変えるわ。店の者を呼んでちょうだい」
「え、は、はい! かしこまりました!」
メアリの動揺した声久々に聞いたかも……。
でもそうだよね、デビュタントまであと二ヶ月ちょっとだよね…? 間に合うのかな……?
びっくりして動きを止めた私だけど、ミリアーナさんにあなたは練習を続けなさいと言われて大人しくまた回る。
二人はこちらを見ながらなにやら真剣に話し込んでいるけれど、何を話しているかは聞き取れない。気になる……!
「お嬢様。申し訳ございませんが、午後のお世話は他の者に任せてもよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ。さきほど話していた件かしら」
「はい。デビュタントまでの時間を考えますと、できる限り早く店の方に伝える必要がありまして……」
そわそわした様子でメアリが答える。
大変なことになってるはずなのになんだかうれしそう……?
「大変だ……って思っていたのだけれど、なんだかメアリうれしそうね?」
「ふふふ。すみません、隠せていませんでしたね。お店は確かにかなり大変になるのですけれど、私もお嬢様のデビュタントドレスのデザインに関われることになったので嬉しくて。お代の方もかなり弾んでいただけるとのことですから、お針子たちも喜ぶでしょう」
「そうなのね。メアリのデザインしたドレスか……」
デビュタントはすごく怖いけれど、メアリのデザインしてくれたドレスで挑むと思うと、少し勇気付けられる。
「お嬢様が一番美しく見えるドレスを作りますから、ダンスでたくさん宣伝して来てくださいね」
「が、がんばるわ……!」
ううぅ……プレッシャー!
メアリの冗談めいた言葉に私は苦笑いで返した。
でもそうだよね、優雅に踊れるか失敗するかで渾身のドレスでも見え方は変わっちゃうよね……。がんばろう……!
* * * * * * *
おやつの時間はシェリルちゃんとのお茶会だ。シェリルちゃんと会うのは二日ぶりだ。忙しかったようだけれど大丈夫かな?
「ごきげんよう、お姉様」
そう挨拶するシェリルちゃんはなんだか元気がない。私はいつも通り侍女さんたち全員に下がってもらってシェリルちゃんを座らせた。いつもはシェリルちゃんが紅茶を淹れてくれるけれど、今日は私が紅茶を淹れてみる。
「シェリル、さあどうぞ」
紅茶をそっと差し出すと、シェリルちゃんは無言でティーカップを口に運んだ後、眉を寄せた。
「しぶいわ……」
「ご、ごめんなさい……」
自分の分を飲むと、たしかに渋みが強かった。時間は守ったはずなんだけど。茶葉が多かったかな……。
その後もシェリルちゃんは物憂げに足元を見つめて黙っている。ときどき、何かを話そうとしているようで口を開いては閉じている。
うーん……どうしよう。なにかあった? って聞いてもいいかな。アンジーちゃん関連かな……。
「なにかありましたの? 私でよければ……話を聞くくらいはできるわ」
「…………ありがとう。でも……そうね、私の問題なの。心配させてごめんなさい。今日はもう帰るわ……」
力なく微笑むシェリルちゃんに、私は何もできずにただ見送るしかできなかった。
私がアンジーちゃんだったら、きっとシェリルちゃんは相談もできたし、もしかしたらこんな悲しい顔をさせることもなかったかもしれないのに。
* * * * * * *
メアリが帰ってきたのは夕食後のことだった。
シェリルちゃんのことを相談しようと思っていたけれど、上機嫌なのが隠しきれていない様子に水を差すようなことをするのは申し訳なくて、結局相談できなかった。
今日も花の香りが広がる月明かりの中を進んでいく。いつもの場所に着くと、何か作業をしている青年の姿が見えた。
「こんばんは、ジェイク。おとといはコートをありがとう」
「こんばんは、お嬢様。お嬢様が冷えずに済んだのならなによりです」
静かな夜の中、ジェイクが小さなスコップで土を混ぜる音だけが辺りに響く。
「ねぇ」
しばらくジェイクの背中を見ながらぼんやりと物思いにふけった後、私は彼に声をかける。
「はい。なんでしょう」
「その、悪いのだけれど、またあのホットミルク作ってほしいの。お仕事がキリのいいところまで終わったあとでいいから」
そうお願いすると、ジェイクは動きを止めた。
「かしこまりました。少しお待ちくださいね」
キリのいいところまでやった後でいいのに、ジェイクはすぐにスコップを置くと手に付いた土を払うような動作をしてから家に入って行った。
少し待つとジェイクがスパイスの香りがするホットミルクを持ってきてくれた。
「おまたせしました。どうぞ」
「ありがとう。……お仕事、邪魔してごめんなさい。これを飲むとよく眠れるから……」
「いいんですよ、遠慮なく何でも申してください。……お嬢様、お変わりになられましたね」
その声にぎくりとして顔を上げたけれど、表情に悲しむ色がなくてほっとする。そのせいか、話すべきじゃないことまで口から漏れてしまった。
「その……記憶をなくして、みんなの求めるアンジェリカじゃなくなったから……みんな、私が普通にしていると悲しむの。みんなが求めるように振る舞いたいけれど、それは私じゃないから上手にできないし、息苦しくて……。…………ごめんなさい。こんなこと言われても困るわね」
受け取ったホットミルクのマグカップを両手でぎゅっと持つ。
うっかり口走ってしまった。こんなこと言っても困らせるだけだ。うつむいて後悔にさいなまれていると、ジェイクの声が聞こえた。
「……最初の頃に言ったかもしれませんが、私は何も聞いてませんし見てませんし、もし何かあっても明日の朝起きた時にはすっかり忘れているので、話して楽になることでしたらここでなんでも発散していってください。…………その、独り言ですが、私としては花を喜んでくださって使用人にまで優しくしてくださる今のお嬢様の方が良いと思いますよ」
ぽたぽたとホットミルクに涙が落ちる。
しばらく涙を流れるままにしていたら、少しすっきりした。涙をぬぐっていると、ずっと黙って隣にいてくれたジェイクから声がかかる。
「ミルク、温め直してきますね」
「あ……ありがとう」
すっかり優しさに甘えてしまっている。自分がみっともなくて恥ずかしい。
湯気の立つホットミルクを受け取って、今度はすぐにふうふう息を吹きかけて口をつける。
「おいしい……」
ほっとする味に思わず笑みがこぼれた。
「それはよかった。よく眠れるといいですね」
「うん。きっと大丈夫。……ねぇ、これってミルクとお砂糖と、あと何が入ってるの?」
「ミリスティカの実を擦って入れてます。温まるでしょう?」
ジェイクの問いに頷くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
すっかり飲みきって、マグカップをジェイクに返す。体はぽかぽかだ。
「ごちそうさまでした。……その、長い間お仕事中断させちゃってごめんなさい」
ホットミルクを作らせただけじゃなく、泣いてしまったのでずっと隣にいてくれて作業は全然進んでいなかった。彼の寝る時間がその分遅れるのかと思うと申し訳ない。
「あー、いいんですよ。これは私が空いた時間に個人的にやってる実験なので。続きはまた明日にでもやります」
「実験?」
「新しい花を作りたくて、色々試しているんです」
「そうなんだ、素敵。新しい花ができたら見せてね」
「はい。一番にお見せしますね」
ジェイクの作る花はどんな花だろう。私がここにいるうちに見れたらいいな。
にっこり笑顔を向けると、ジェイクも微笑み返してくれる。
「それじゃ、今日はありがとう。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。よい夢を」
シェリルちゃんのことは心配だけれど、ホットミルクのおかげかこの夜も息苦しさは少し落ち着いて、ぐっすりと眠ることができた。
明日からは17時更新です。




