15話 合格
朝食を食べ終えて、届けられた花を自分の手で花瓶に挿す。今日はバラやカーネーションのような、ひらひらした花びらが幾重にも重なった花だ。花瓶の中で淡い色合いの花たちが揺れる。毎日どんなお花が届くのかなと考えるのがささやかな楽しみだった。
そういえば、お庭には鮮やかな色の花も多いけれど、届くのは柔らかなパステルカラーのお花が多い。ジェイクの好みなのかな?
庭で作業する庭師たちの姿が目に入る。
私もがんばらないと。今日こそはミリアーナさんに認めてもらいたいな。
* * * * * * *
じっとミリアーナさんが見つめる前で、二日間必死に練習したステップを披露する。何度もステップを踏んでいるけれど、ミリアーナさんはじっと表情も変えず、何も言わず、扇で口元を隠しながら見ている。こわい!
少しすると、ミリアーナさんはぴしゃっと扇を閉じた。
「まあ、いいでしょう。今日は右回りのターンを教えます」
やった……! 合格をもらえた!
こうよ、と言ってミリアーナさんがお手本を見せてくれる。
ふむふむ……覚えたステップに、回転が加わるのね……?
ミリアーナさんを見ながら、くるりと回ってみようとしたけれど、足が絡まってふらつく。
「わわわ……」
なんとか踏ん張って転ぶのは回避した。
うーん、なにがちがうんだろう? 意外と後ろに歩きながら回るって難しい……。
「お、おかあさま、すみません。もう少しゆっくり回っていただけますか」
「……仕方がないわね。これくらいの速さなら分かるかしら」
そう言ってミリアーナ様はスローモーションのようにゆっくりゆっくりと回ってくれた。しかも解説付きだ。
「一歩目から回るのではなくて、まずはまっすぐ下がりなさい。そうしないと殿方と組んだ時にぶつかります。二歩目で九十度回って、三歩目でさらに四十五度回ってから足を揃えるのよ。さあ一緒に」
なるほど……。
鏡の中のミリアーナ様を見ながら一緒に回ってみる。
「回れた!」
三歩目でふらついたけれど、一応回転はできた。
「二歩目が少し大きすぎるわ、もう少し小さく回りなさい」
言われた通り少し小さく回る。次は勢いが良すぎたらしくまたふらついた。
「そのあたりの感覚は何度も練習して掴むしかないわね。がんばりなさい」
「はい……!」
じゃあ後はメアリに任せるわね、とミリアーナさんは出ていこうとする。
その後ろ姿に、お礼を告げて膝を折って挨拶したが、扉の前でミリアーナさんがぴたりと止まって振り返った。何を言われるのだろうと思わず身構える。
「あなた、練習で足を痛めているでしょう。侍女に薬を持って行かせるからよく塗っておきなさい」
「あ……ありがとうございます!」
驚いたのと嬉しかったのとでちょっと大きな声が出てしまった。努力は認められてるってことだよね。うれしい。もっともっと頑張ろう。
よし、がんばるぞ! と意気込んだはいいけれど、そんなに長く練習はできなかった。なぜなら……めちゃくちゃ目が回るんだよ! そりゃそうだよね、くるくる回ってるんだからね。
昨日までのステップ練習とは違い、少し回っては休み、少し回っては休みと繰り返して、限界になったところで座り込んだ。
「ううぅ……世界が回ってる……」
「がんばりましたね。落ち着いたら少し外の空気を吸いましょうか」
メアリの声かけに頷いて、しばらくぐったりと壁にもたれた。
「ねぇ、みんな踊ってると目が回るのかしら? それとも慣れたら目がまわらなくなるのかしら……」
「慣れたら大丈夫ですよ。しばらくはつらいでしょうけれど、頑張りましょうね」
庭に出ると、気持ちのいい風が吹いていて胃の不快感が少しマシになる。何度か深呼吸を繰り返して庭を眺めた。
そういえば、明るいうちに庭に来たのは久々かもしれない。部屋の窓から眺めているときには気づかなかったけれど、目の前の花畑では前回見たときにはまだ咲いていなかった花たちも生き生きと咲いていた。
花を眺めながら、さりげなく昨夜コートを置いた場所をちらりと見る。当然ながらもうコートは置かれていなかった。
あったら困るんだけどね。でも、昨日寒い中ここまで取りに来てくれたんだよね。申し訳ないな……。
今度会えたらお礼を言おう。そう決意した。
少しの間庭で休憩して、それからまた舞踏室に戻って少しだけターンの練習をした。もうすぐお昼の時間だったからね。成果としては、なんとかそれっぽく回れるようになってきたんじゃないかなあってところだ。
お昼からはまた貴族名鑑とにらめっこ。まだ王様とお妃様、セドリック殿下のページしか書き写せてない。しかも書き写したけど内容の記憶までは怪しいので、もう一度……。
ダンスは少しずつできるようになってる感じがあるからまだ楽しいんだけれど、貴族名鑑はただただ作業って感じでつらい。
今日もシェリルちゃんとは残念ながら会えない。貴族名鑑をどうやって覚えてるのか教えてほしいな……。
夜になって、お風呂上がりにメアリがミリアーナさんにもらった薬を足に塗ってくれる。ミリアーナさんがこの薬を分けてくれたってことは、私のことを少しは認めてくれたのかなと思って嬉しい。上手に踊れるようになったら褒めてもらえるかな。今は靴ずれやまめが痛くて少し踊りづらいから、良く効いてくれるといいな。
そろそろ寝る時間になったところで、私はメアリにおねだりをするために声をかけた。
「ねぇメアリ、寝る前だけど……ホットミルクを入れてもらえるかしら」
「あら。めずらしいですね。少々お待ちくださいね」
いつも寝る前はお水しか飲まないのだけれど、今日はなんだか昨日のことを思い出して飲みたくなったのだ。
しばらくするとメアリはティーカップに注がれたホットミルクを持ってきてくれた。はちみつがたっぷり入って甘い。
ゆっくりと飲んだ後、メアリにおやすみを告げた。
灯りの消えた寝室でひとりになった私は、月明かりを頼りにまたダンスの練習を始める。
貴族名鑑もやらなくちゃいけないけれど、字が小さすぎるから煌々とした灯りのないこの世界の夜には読めなかった。夜にできるのはダンスだけだ。
「いち、に、さん、いち、に、さん」
なかなか眠気がやってこなくて、夜遅くまで私は練習を続けた。




