12話 はじめてのダンスレッスン
ミリアーナさんから舞踏室に夜会服で来るように言われた私は、朝からメアリたちにコルセットやたくさんのパニエを着せられていた。
最後に深い赤のドレスを着せてもらう。レースにフリル、刺繍やビーズがふんだんに入り、きらきら輝くドレスは迫力がすごい。パニエでスカートがふんわりと膨らんで、まるで童話に出てくるお姫様だ。
昼の服とは違って胸元が大きく開いているので、大きな宝石がいくつもついたネックレスも身につける。……ダイヤモンドかな? すごく綺麗だけどこれっていくらするんだろうと恐れ多くなってしまう。
セドリック殿下をお迎えした時よりもだいぶ重くなってない? これで踊るの? ほんとに? 正気?
時間になり、メアリと共に舞踏室へ行く。歩くだけで結構大変だ。幾重にも重ねられたパニエに足を取られて歩きづらい。
舞踏室の扉は開いていて、扉のすぐそばに侍女さんが待機している。開かれた扉から見えるがらんとした部屋の中には、ぽつんとソファと紅茶がセットされたサイドテーブルが置かれていて、そこでミリアーナさんが待っていた。部屋に入りすぐに挨拶をする。前回同様丁寧にご挨拶だ。
「来たわね。顔を上げなさい」
「お待たせして申し訳ございません。本日からよろしくお願いいたします」
「あとのことはメアリにやらせるからいいわ、あなたたちは下がりなさい」
ミリアーナさんがそう言うと侍女さんたちは頭を下げて部屋を出ていった。
「さあ、さっさと始めましょう。メアリ、あなたも私の指導内容をよく覚えておきなさい。空いた時間には部屋で練習させるのよ」
指示を受けたメアリはかしこまりましたと頭を下げる。
これからダンス漬けの日々になりそうだ……。
「いいこと、まずはこのステップを身体に叩き込みなさい。息をするように自然に滑らかにできるようになることよ」
そう言ってミリアーナさんは右手を男性の手と合わせるように右斜め上に上げ、左手は男性の肩に添えるように出す。そして優雅にステップを踏んだ。基本のステップというものを繰り返しているだけだそうだけど、それでも美しくて見惚れてしまう。
「ちょっと。呆けた顔をしているけれど覚えられたのかしら?」
「え!? あ、すみません……見惚れてました……」
やばい、なんにも覚えてない。バレエでも鑑賞している気分だった。
「私のダンスが見惚れるほどに美しいのは分かりますけれどね、真面目におやりなさい」
「す、すみませんでした……。あの、見てるだけでは覚えきれないので一緒にやってもいいですか」
おずおずと申し出るとミリアーナさんは呆れたような深い溜息を吐いて許可をしてくれた。
「いち、に、さん、いち、に、さん」
ミリアーナさんが手取り足取り教えてくれた基本のステップを、メアリの掛け声に合わせてひたすらに繰り返す。
ミリアーナさんは後ろのソファで時々ため息を吐きながらこちらをじっと見てる。めちゃくちゃ怖い。
右足を後ろに出しながら腰を落として、左足を横に出しながら背伸び……そのまま右足を左足のほうに引き寄せて、それから着地……次は左足を前に出して……あれ? あれれ?
ひたすらに四角を描いていくステップなんだけど、何度も出す足を間違えては固まる。
「はぁ……今日はターンまでは教えられるかと思ったけれどこれでは無理ね。メアリが見ていれば十分でしょう。私は帰ります。明日にはできるようになっていなさい」
扇をひらひらさせながらミリアーナさんはそう言い残して舞踏室を去っていった。
「ううぅ……メアリ……どうしよう……呆れられちゃったかも……」
「言葉遣いがまた乱れてますよ、お嬢様。大丈夫です。習い始めは誰でも難しいですからね。私もなかなか上手くできなくて、たくさん練習しました」
「それって何歳のとき……?」
「7歳くらいですね……」
打ちひしがれながらも、ひたすら愚直に繰り返していると、次第に身体が覚えて足運びを間違えなくなってきた。まだまだ踊っているというよりはロボットが誤作動しているようなへんてこな動きだけど。
「ずいぶんお上手になってきましたね。あとは姿勢を直しましょう。背筋を伸ばして、腕をしっかり上げて」
「は、はいぃ……」
メアリによるダンスレッスンは昼食の時間ぎりぎりまで休むことなく続いた。
* * * * * * *
昼食後はシェリルちゃんとのお茶会だ。正直午前中だけで体力を使い果たしてしまった感じがあって、来客時用のドレスを着るのがきつい。一応姉妹だからゆったりした格好でもいいんじゃない? とメアリにお願いしたい気分だけど、シェリルちゃんとのお茶会もお作法の練習だからリラックスしていい場面じゃないんだよね……。
靴だけはメアリが考慮してくれたのかヒールのない靴になった。高いヒールの靴でステップを踏み続けたからもう足が痛くて仕方ないのだ。
「リアったらお疲れのようね。なんだか目がどんよりしているわ」
人払いを済ませてすぐ、シェリルちゃんはやれやれというような表情で私の表情の暗さを指摘した。
「貴族のお嬢様は大変だと改めて感じた、のです、わ」
お嬢様言葉を自分で話すのが恥ずかしくて少したどたどしくなる。素の話し方でほとんど関わってない人たち相手だとお嬢様っぽい演技をするんだ! って気持ちで乗り切れるけど、シェリルちゃんとかメアリ相手だとどうしても恥ずかしさが勝っちゃう。
「貴族が大変なのではなくて、普通は十年近くかけて身につけることを一部とはいえ三ヶ月でやろうとしているから大変なのよ。言葉遣いだってあなたは苦労しているようだけれど、生まれた時からそういう環境にいればそこまで苦労しないのよ」
「それは確かに……おっしゃるとおり、ですわ」
そういう貴族としての所作が身に染み付いた人たちの前で三ヶ月後に堂々とアンジーちゃんとして振る舞わなければならないのだ、と思うと現状自分があまりにも出来なくて不安でいっぱいになる。
しょんぼりとしていると、シェリルちゃんがため息を吐いてこちらをじとりと見た。
「それで、その様子を見る限りお母様のダンスのレッスンが相当厳しかったということで良いのかしら」
「そう、そうなんだよシェリルちゃん……!」
「言葉遣い」
「そうなのですわ、シェリル。ええっと……わたくしがあまりにも基本のステップができないのでミリアーナ様が呆れて途中でお帰りになってしまって……」
「ふぅん……。お母様がお姉様にダンスをお教えになっているのを一度見たことがあるけれど、お姉様は指摘されたところを一度で直していたからかしら。……お姉様の姿なのにお姉様ではないというのは、頭では分かっていてもなかなか受け入れがたいのよ」
それはそうだろう。シェリルちゃんも何でもないように振る舞ってくれているけれど、ふとした拍子に寂しそうな表情をしている。
私が目覚めてすぐの時に記憶がないと知って泣き崩れ、その後ずっと不安定だったというミリアーナさんはなおさら、アンジーちゃんの姿をした他人を受け入れるのは難しいよね。
めそめそしたくないと思っても、こういう時はやっぱり「私はいらない」と言われているようでつらくなってしまう。
ふと窓の方を見ると、たくさんの春らしい柔らかな色合いの花が花瓶の中で揺れていた。その様子を見てほんの少しだけ、ささくれだった気持ちが和らいだ。
「まあ、お姉様は優秀だったから仕方ないわね。ちょっとステップ踏んでみなさいよ。私も先生に教わっている最中だけど、少しくらい助言できるかもしれないわ」
少し重くなった雰囲気を吹き飛ばすようにシェリルちゃんは柔らかく笑って私を立たせた。
「シェリルちゃんって優しいよね、好きになっちゃいそう……」
「お姉様ならともかく、しょぼしょぼしたあなたに好かれても嬉しくないわよ。さあ、早くやってみなさい」
うっかり涙が出そうになったのをごまかすようにふざけると、シェリルちゃんの顔はちょっと赤くなった。かわいいね。
少し緊張しながら痛む足でステップを踏むと、シェリルちゃんは難しい顔をしていた。
「膝の上下がぎこちないわね……。3拍目の着地の時にドスンと踵を落として休むからなんだかカクカクしているのよ。もっと足首を使って――」
な、なるほど……?
お茶会も後半はダンスの練習になって、私の足は筋肉痛と靴擦れで悲鳴をあげている。メアリがマッサージしてくれたけれど、明日はまともにレッスンできるんだろうか……?
明日も21時頃投稿予定です
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