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ステラリリィに願いを込めて〜転生したら元に戻ってと悲しまれています〜  作者: みさくらみかん


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11話 ダンスレッスンのお願い

 あれから三日が過ぎた。


 夜になる度に孤独感や未来への恐怖が膨らんで、脱走してどこかで一人になりたくなるけれど、またジェイクや、ほかの誰かに見つかったら……と思うとなかなか部屋を抜け出すことはできなかった。

 

 部屋の窓から庭を眺めると時々彼が働く姿が目に入る。

 

「この前はごめんね、ありがとう」

 

 そう言いたいけれど、貴族のお嬢様がわざわざ使用人に言いに行くのもおかしいし、なにより、ほとんど初対面の相手の前で散々泣いてしまったことが恥ずかしくて、どんな顔をして会えばいいのか分からない。この三日間、庭には行けなかった。


 その間に変わったことといえば、セドリック殿下との話し合いの後から、メアリが本格的に所作や言葉遣いなど、貴族のお嬢様としての振る舞い方を教えてくれるようになったことだ。メアリはずっと私についていてくれているからおはようからおやすみまで気が抜けない。厳しくなくて、毎回優しく指摘して指導してくれるのはありがたいんだけど、ずっと緊張感があって息苦しい。

 

 今日もいつも通りにメアリに歩き方や所作について教わり、自室で昼食を取った。食後の紅茶をメアリに淹れてもらっていると、なにやら急いだ様子でクロードさんがやってきた。

 

 挨拶のために立ち上がろうとしたけれど、止められてそのまま座る。少し疲れた様子のクロードさんは私の向かいのソファに座った。メアリが彼にも紅茶を出し、頭を下げて退室する。

 

「すまないね。食事中だったか」

「いえ、ちょうど終わったところです」

 

 私はメアリを思い浮かべながら、ふわりと微笑んだ。

 評価担当のメアリは今ここにはいないけれど、出来る限りおしとやかに見えるよう、教わった内容を実践してみる。


「なかなか会いに来れなかったが、シェリルやメアリから逐一報告は受けているよ。君にはこちらの都合でたくさん負担をかけていて申し訳なく思う」

「いえ……」

 

 私はゆるゆると首を横に振る。大事な娘の体を乗っ取った庶民なんて、脅したり命令して言うことを聞かせたっていいのに、こうして私のことを気にかけてくれる公爵家の人たちはとても優しいのだと思う。

 

「アンジェリカさんのデビュタントが失敗してしまうのは私も望んでおりません。それまでにこの体をお返しできないのであれば、私が失点なくやり遂げなければいけないと考えています」 

「……ありがとう。君は責任感の強い良い子だね。何か要望があったらすぐ伝えてほしい。苦労をかける対価としては足りないかもしれないが、出来る限り君には不自由なく過ごしてほしいと思っているんだ」 

「そんな……今でも充分すぎるほどの贅沢をさせてもらって感謝しています。でも、もしなにか思いつくものがありましたらお知らせしますね」

 

 メアリたち侍女のみなさんが身の回りの世話を全てしてくれている。今飲んでいる紅茶もお茶菓子も、日々の食事も、考えられないくらいの贅沢品だ。女の子がみんな憧れるお姫様の生活をさせてもらっていて、これ以上なんて望めない。


「ところで、今日来たのは君の様子を自分の目で見たかったのもあるけれど――ダンスの練習の件でね。ミリアーナがようやく落ち着いてきてね、ダンスレッスンを引き受けてくれるそうだ」

「ほんとうですか、それはよかったです。ダンスのことも、ミリアーナさんのことも」

「急で悪いけれど、明日の午前中から始められるかな? 詳しくはミリアーナの侍女が説明しに来ると思う」

「はい、私は大丈夫です。がんばります」

「そうか。もしなにか問題が生じたら教えてほしい。頼んだよ」

 

 クロードさんが微笑んだところでドアが控えめにノックされる音が室内に響いた。続いて、「旦那様」と男性の声がする。

 

「ああもう時間か。この時期は忙しくて嫌になるな。――また様子を見に来るよ」

 

 クロードさんが立ち上がったのに合わせて私も立ち上がって軽く膝を折った。


 ダンスの練習を受けられることになって、ほっと安堵のため息をついた。普通のお嬢様たちは何年もかけて練習するのだから、その時間に比べたらよっぽど少ないけれど、それでもまだ時間はある。なんとか、おかしいと思われないくらいに踊れるようにならないと。

 

 ミリアーナさんと会うのは初日以来だ。きっととても悲しんでいるのだろうなと思うと気が重い。

 いったい明日はどんなことを言われるのだろう。


 

* * * * * * *


  

 夜になって、膨らんだ不安に耐えきれず、私はまた部屋を抜け出すことを決意した。

 机に置いてあるいつものショールを羽織ろうとして、その隣に分厚いショールも置いてあることに気づく。カシミヤのような、柔らかな毛で編まれた大判のショールはとてもあたたかそうだ。その近くには一人で着れる散歩着や外履きも置かれていた。

 

 え……いつの間に……? 全然気づかなかった……。

 もしかして、昨日も、一昨日も、その前も置かれていたのかな。寒い格好でまた脱走しないように……?


 メアリの温情に感謝しながら着替えて、月明かりを頼りにまた庭に出る。庭の奥の温室の近くはまた彼にばったり会っちゃうかもしれないし、どこへ行こうか……。

 

 あちこち見て回ったけれど、ちょうどいい場所が見つからない。そうこうしている間に、また温室前まで来てしまった。

 仕方なく前回と同じ椅子に座る。前回はむき出しの木の椅子だったのに、今日は布が敷かれていた。

 

 ぼうっとしていると、またジェイクが現れた。

 おわっ!? みたいな声を出した後、ぺこりと頭を下げて、後は私がいないかのように自分の仕事をしている。


 何も聞かれないことに安堵しながら彼の動きをぼんやり観察する。前回は作業しているふりをしていたようだけれど、今日は本当に作業しているっぽい。

 彼が私の存在を気に留めないことをいいことに、その夜は眠くなるまでずっと、作業する音と木々のさざめきを聞いて過ごした。


 

 

* * * * * * *


 


「奥様、アンジェリカお嬢様がいらっしゃいました」

「通してちょうだい」


 翌日、私はミリアーナさんの部屋を訪ねていた。

 ダンス用の部屋ではなく彼女の部屋なのは、ダンスレッスンの前に一度ふたりきりで話したいというご意向だそうだ。セドリック殿下のご訪問時と同じくらいかそれ以上に緊張する。

 

 部屋に入ると、中にはミリアーナさんしかいなかった。私の来訪を告げた侍女さんも外で待機するようだ。

 ミリアーナさんはソファにゆったりと座ってじっとこちらを見つめている。張り詰めた空気の中、私は上位の方々にするような深さに膝を折り、目を伏せる。敵意がないこと、恭順することを示したつもりだ。


 ——どれくらい経っただろうか。

 顔を上げて良いと言われないのでじっと静かに待つ。覚悟はしていたけど、ちょっと筋力的に厳しくなってきた。


「…………いいわ。顔を上げなさい」

「お会いできて光栄です、ミリアーナ様」


 ミリアーナさんは扇で口元を隠し、こちらの心の底を見透かそうとするようにじっとこちらを見つめ続けている。

 

 ミリアーナさんが何も言わないので私も何も話せない。直立不動で見つめ返すだけだ。落ち着かないので私も扇が欲しくなってきた。なんでもいい、不安を紛らわすために何かを握りたい。


「貴族の娘を演じてやろうというのならば、まっすぐ堂々と見つめ返すくらいしなさい。そんなに瞳を揺らしていては舐められます。まったく、アンジーは三歳の頃でもできていましたよ。……もういいわ、下がりなさい」

 

 ミリアーナさんは扇でふいっと扉を指した。

 私は一礼して部屋を出た。扉が閉まった途端に緊張が解けたのかふーっとため息が出る。膝もがくがく震えてきた。

 

 失敗、しちゃったかなぁ……。娘さんの体を乗っ取ってしまった負い目があるだけに、堂々と振る舞えと言われてもなかなか難しいよね……。


 ひとり頭の中で反省会をしながらしょんぼりと部屋に戻ったけれど、夜になってからミリアーナさん付きの侍女さんが言伝(ことづて)を持ってやってきた。

 明日は同じ時間に舞踏室に来るように、だって。よかった。

明日も21時頃投稿予定です。


リアクション、ブクマ、評価、とっても嬉しいです!ありがとうございます!

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