10話 逃げ出した先で
本日2度目の更新です
その後も話し合いは続いた。3ヶ月後に迫るアンジーちゃんのデビュタントについてだ。
この日までに元に戻れなければ、私がアンジーちゃんのふりをして何事もなくデビュタントを終えなければならないのだ。
「所作は特訓してもらうしかないとして……ダンスができないのか」
「はい、その、全く……」
さすがにうろ覚え盆踊りを披露する雰囲気でも気分でもない。謝罪の言葉が口をついて出る。
「僕が時間を作ってここに練習しに来るとしよう。本番の相手と練習するのが一番だからね。それまでに最低限組んで踊れるようになるまでの練習は頑張っておいてほしい。先生をつけられないにしても……ミリアーナはかなりダンスが上手かったように思うが」
「ええ、そうなのです。なので母に習えるのであれば一番なのですけれど、まだ、その……少しお姉様の現状が受け入れられてないようでして」
「ああ……それは、仕方がないな……」
「母もデビュタントを失敗するわけにはいかないとわかっているはずですから、なんとか説得してみせますわ……」
シェリルちゃんは頬に手を添えてため息をついた。
とりあえず、私はダンスを頑張らなければならないらしい……けど、デビュタントって実はあんまり良く分かってない。社交界デビューのお披露目でダンスするんだよね? くらいの認識だ。今のうちに聞いておこう。
「あの、デビュタントってどういうものなんですか? 王様にご挨拶することと、ダンスすることはわかってるんですけど……」
「ああそうか、知らないのか。この国の貴族——とくにご令嬢は16歳で社交界デビューして大人の仲間入りをする。そのお披露目の舞踏会のこととデビューする人たちのことをデビュタントと言うんだ。この国ではステラリリィの花が咲いた頃にその花を身に着けて、ステラリリィと同じ白い衣装で参加するのが決まりなんだよ」
「そうなんですね。ステラリリィの花は妖精のステラリリィと関係が……?」
「そう。妖精ステラリリィをあらわした花だと言われている。僕ら王族の紋章にも描かれているよ」
セドリック殿下はほら、と言って懐中時計の裏の紋章を見せてくれた。殿下か指差した部分には小さな百合に似た花が描かれている。
「デビュタントの習わしはこんな感じだね。当日の流れとしては、陛下にデビュタント全員が家族とともに順に挨拶して、その後僕とアンジーが中央でオープニングダンスを踊る。一曲踊りきったら、次の曲はほかのデビュタントたちも周りで踊るんだ。とりあえず最低限この二曲はできてほしいな。あとはなんとでも言い訳できるから」
「えっ、みんなに見られながら二人で踊るんですか……?」
「そうだよ。将来の王妃として最初に踊るアンジーは特に注目される。だから、失敗するわけにはいかないんだ」
た、大役だ……私にできるのかな……アンジーちゃんに体を返せなければやるしかないんだけど……。
「ダンスをまだ習ってないのでどれほど困難なのかいまいちピンときてないところもありますけど……でも、精一杯がんばります」
力ない笑みを浮かべた私に、殿下は悪いけれど頼んだよと言うと困ったような笑みを浮かべた。
* * * * * * *
殿下の訪問が終わり、くたくたのはずなのになぜか深夜になっても眠れなかった。ぼんやりする頭で寝巻きのうえにショールを羽織ってふらふらと部屋を出る。
誰もいないところに行きたい……。
月明かりを頼りに屋敷の中を歩いて庭へ出る。昼間は明るく色とりどりに咲き乱れる花畑が、今は暗闇に沈んで月明かりでうっすらと見えるだけだ。
何も考えずどんどん進んでいくと、庭師長の家が見える所まで来てしまった。明かりは消えている。もう遅い時間だから寝ているのだろう。
そういえば、小さい温室があるってメアリが言ってたっけ……まだ見てないんだよね……。
ふらふらと温室に近づいていく。温室は施錠されていて当然入れなかったけれど、近くに作業用なのか、椅子がぽつんと置いてあった。そこに座ってぼんやりと星を眺める。
――セドリック殿下、悲しそうだったな。
シェリルちゃんも、日ごとに楽しくおしゃべりしてくれるようになったけれど、時々ふっと悲しそうな顔を見せる。
アンジーちゃんに体を返してあげたい。でも、自分が消えてしまうと思うと恐怖がこみ上げる。
私はアンジーちゃんにはなれない。でも――
気がつけば、ぽたぽたと涙が落ちていた。
ああ……いけない。アンジーちゃんは泣かないんだってシェリルちゃんが言っていた。……でも、止められなかった。
「うわっ!? え? お嬢様?」
さめざめと泣いていた私の耳に青年の驚いた声が届いた。
びっくりして声がした方を慌てて向く。ぎょっとした顔の青年がこちらを見ていた。たしか、庭師長さんの息子で、ジェイク、だったかな。
「あっごめんね。なにか作業してた? 邪魔だよね……帰るね」
私がいたら仕事にならないだろう。涙をごしごし拭って立ち上がろうとしたところで慌てたような声に制止された。
「い、いえ、お気になさらず。大きな声を出してしまい失礼しました。あー……少々お待ちくださいね」
左右に目を泳がせた後ジェイクはばたばたと家の中へ入っていって、またすぐ出てきた。手には分厚い毛布を持っている。
「お嬢様、こんな時間ですし冷えますから。あいにく家にはこんなものしかないですが……」
よろしければ、と差し出された毛布をありがたく受け取る。羽織ろうとしたけれど毛布が大きすぎてうまくできないでいると、ジェイクが震える手で手伝ってくれた。
「私は少し離れたところで作業しておりますから、何かありましたら申し付けください」
そう言って彼は私の視界の端くらいで、こちらに背を向けてなにか作業を始めた。ぼんやり見ていると、鉢の中に土をほんの少しずつちまちま入れている。
――ああ、もしかして。
彼は最初に目があって以降、彼はずっと目をそらしていた。きっと私の泣き顔を見ないように配慮してくれていたのだ。
そして今は、深夜に私を一人にして何かあってはいけないから、そっと見守ってくれているのだろう。
「ありがとう」
ぽつりと漏らした言葉も、深夜の静まった中では彼まで十分に届いたらしい。
「いえ。お嬢様には色々と苦労があるのでしょう。私は何も見てませんし、聞いておりませんから」
その言葉になんだか胸がいっぱいになって、この夜はただただ、気が済むまで泣き続けた。
明日からは1日1話の更新に戻ります。
少し今までと時間がずれますが、21時頃に更新します。(更新時間をいろいろ実験中)




