第9話:試作トラップ①・堕落の迷宮と姫騎士の敗北
「う〜ん……『無限回廊』の動作確認は完璧だったけど……今後のことを考えると、ちょっと問題があるんだよな」
プライベートエリアのモニター前で、タクミは顎に手を当てて唸っていた。
「問題……? たくみちゃん、あんなに綺麗にBランク騎士団を全滅……じゃなくて捕獲できたじゃない」
コアがタクミの二の腕に豊満な胸を押し当てながら、不思議そうに首を傾げる。
「いやさ、あの『無限回廊』を自力で突破できるヤツが来るとしたら、それこそ空間魔法の達人とか、概念を破壊するような超絶インフレした化け物だけになっちゃうだろ? これ以上、物理的な罠の威力を上げ続けると敵の強さもインフレして大変だし、何より侵入者を怪我させたり殺したりするのは後味が悪い」
「なるほど……。主はどこまでも慈悲深く、先々の防衛バランスまで見据えておられるのですね!」
横で腕を組んでいたエレノアが、感心したように藍色の瞳を輝かせた。
「そこでだ! 物理的なダメージで撃退するんじゃなくて、侵入者の『戦意』そのものを根本から挫くトラップを作ってみたんだ。名付けて——【案①:戦意完全崩壊・極楽おもてなし罠(堕落の迷宮)】!!」
タクミが胸を張って提示した設計図パネルを見つめ、エレノアはキョトンとした後、どこか頼もしそうな笑みを浮かべた。
「ふむ……豪華な家具や温かい食事で相手をもてなし、戦う意欲を奪う……と。主、お言葉ですが——このような快適空間だけで止まりますか? 我ら聖騎士は過酷な断食や寒冷地での修行を耐え抜いた者たち。そのような生温かい誘惑ごときに屈する武人はおりませんよ」
エレノアは胸甲を誇らしげに叩き、自分の意志の強さを誇示した。
その自信満々な態度に、タクミは不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ……そこまで言うなら、じゃあ試してみるか?」
「ははっ! 主のお試しとあらば喜んで! 聖騎士の誇りにかけて、そのような生ぬるい罠、あっさりと踏破してみせます!」
こうして、愛刀を腰に差した完璧な装束のエレノアが、試作トラップ『堕落の迷宮』へと威風堂々に足を踏み入れることとなった。
◇
カツン……カツン……
「ふむ、見た目は至って普通の石造りの通路ですが……ぬッ!?」
踏み出した一歩目。エレノアの足裏に伝わったのは、冷たい石の感触ではなく——まるで極上の羊毛をふんだんに敷き詰めたかのような、超・フカフカの高級絨毯の感触だった。
「な、なんですかこの柔らかさは……!? 足首まで沈み込むような……まるで雲の上を歩いているような心地よさ……! い、いや騙されんぞ! これは脚の感覚を狂わせるトラップ! 精神を研ぎ澄ますのだ……!」
強引に前進するエレノア。しかし、通路の曲がり角を抜けた瞬間、甘く香ばしい柑橘とアロマの香りが充満する一角へと出た。
そこにポツンと置かれていたのは、黒革の眩い光沢を放つ『神級マッサージチェア』。
「む? 何ですかこの妙な形の椅子は……? むむっ、身体が勝手に……吸い寄せられる……ッ!?」
匠が仕掛けた微弱な『誘導付与』に誘われ、吸い込まれるように椅子へ腰掛けてしまうエレノア。その瞬間——
ブワァァァン……ポコン、ポコンッ!
「あぐぁっ……!? んあぁぁぁっ……ッ!?」
背もたれから突き出た魔導もみ玉が、過酷な剣の訓練でガチガチに凝り固まっていたエレノアの肩甲骨と腰を、絶妙な力加減でピンポイントに揉み解し始めた!
「な、なにこれぇぇっ!? 背中が……腰が……熟練の整体師に叩かれているかのようにほぐれて……っ! ふあぁぁんっ……ダメ……力が入らない……ッ♡」
全身の血行が一気に促進され、エレノアは白銀の髪を乱しながら、マッサージチェアの上でダラリと力なく身を委ねてしまった。
だが、恐怖の過剰おもてなしはこれで終わりではない。
チェアのすぐ隣には、じんわりと心地よい熱気を放つ『魔導コタツ』と、タクミが錬金術で作り上げた『極上アツアツ醤油ラーメン&出来立てホットサンド』、そして氷の浮かんだキンキンに冷えた果汁ジュースがセットされていた。
「はッ!? い、いかん……気がつけば意識が……! ん……? なんですかこの香ばしい香りは……? 食事……? 毒が仕込まれている危険性が——」
ぐぅぅぅぅぅ……
エレノアのお腹が、盛大に鳴り響いた。
「うぅ……不覚にもお腹が……。い、一舐めだけ……毒見として……」
おそるおそるスプーンでラーメンのスープを口に含んだ瞬間——エレノアの脳内で旨味の爆発が起きた。
「んんんんんっ旨ぁぁぁぁいッッ!!?? なんですかこの豚骨と鶏ガラが織りなす濃厚な出汁と、小麦の香るモチモチの麺はぁぁぁっ!?」
理性のタガが完全に外れた。エレノアは夢中でラーメンをすすり、熱々のホットサンドを頬張り、冷たいジュースをゴクゴクと飲み干すと、そのまま吸い寄せられるように下半身をコタツの中へと滑り込ませた。
ぬくぬく……っこたつ発熱中……
「ふぁはぁぁぁぁ……っ……温かいです……幸せです……♡」
コタツの絶妙なぬくもりが、足先から全身の神経へと染み渡っていく。
お腹は美味しい食べ物で満たされ、肩はマッサージで解れ、足元はコタツでぬくぬく。
「す、すごいです主……。もう戦うとか……剣を振るうとか……どうでもよくなってきました……。私……一生ここで……主の膝枕になりながらコタツに入っていたいです……♡」
かつて一国を平伏させた誇り高き聖騎士長エレノアは、口元にスープの泡をつけたまま、コタツの上に上半身をグニャグニャに折り曲げて倒れ込み、ぽわ〜んとした泥酔状態のような顔で完全に脱落していた。
無防備すぎる巨乳がコタツの天板に押し潰され、胸元の甲冑がはだけていることすら気にしていない。完全なる『堕落』である。
モニター越しにその惨状を見ていたコアが、クスッと笑った。
「ふふ、完璧に落ちたわね。過酷な修練を積んできた生真面目な子ほど、この手の『至高の快適さ』には弱いのよ〜」
「よし、案①は実戦投入決定だな!」
タクミは満足そうに手帳へ「効果絶大」とメモするのだった。




