第8話:精鋭騎士団、無限回廊で絶望する
ちょっと長めです。
「全員、とっとと終わらせるぞ! 所詮は打ち捨てられた廃ダンジョンだ。野盗や三流冒険者どもが不法占有しているに過ぎん!」
ダンジョンのエントランス前にて。
甲冑を煌めかせ、威風堂々とした声で命令を下したのは、ルクス王国・バロア子爵家に仕える『Bランク精鋭騎士団』の団長、ジェラルドであった。
背後には、重厚な鎧を纏った熟練の騎士たちが50名。
彼らは辺境都市でも一目置かれる精鋭であり、これまで数々の魔物討伐や不法組織の粛清をこなしてきた自負がある。連絡が途絶えた下級冒険者たちの捜索とダンジョン接収など、彼らにとっては朝飯前の作業に過ぎなかった。
「フン、このような貧相な洞窟、我ら精鋭騎士団の足並みを揃えるまでもなさそうだな。突撃ぃッ!」
ジェラルドの号令とともに、50名の騎士が一斉にダンジョン内へ踏み込んでいく。
◇
しかし、ダンジョンの内部へ足を踏み入れてから、わずか十分後。
騎士団の行進は、突如として奇妙な停滞を見せていた。
「……ぬ? おい、副団長。先ほどからずいぶんと長い通路だな。どれほど歩いた?」
「はッ、すでに100メートル以上は前進しているはずですが……」
「……おかしいな。なぜ、目の前にある石柱のヒビが、先ほど見かけたものと全く同じなのだ?」
ジェラルドが怪しむように眉をひそめた、その瞬間だった。
角を曲がったはずの騎士団の視界が開け——目の前に広がるのは、なんと彼らが足を踏み入れたばかりのエントランス(外の光が見える入口)であった。
「な、なんだと……!? なぜ入口に戻っているのだ!?」
「バ、バカな! 我々はまっすぐ前進していたはずだぞ!?」
騎士たちから戸惑いと動揺の声が上がる。
「落ち着け! 幻術の類だ! 魔法兵、ただちに広域解呪を行え!」
ジェラルドの怒声を受け、後方に控えていた魔法兵たちが即座に詠唱を開始した。
「溢れよ聖なる光、あらゆる幻惑を打ち破れ——『解呪』ッ!!」
眩い魔法陣が展開され、解呪の光が通路全体を包み込む……はずだった。
シュン……。
「……え?」
発動したはずの魔法陣が、まるで水滴がスポンジに吸い込まれるかのように、あっけなくかき消えた。
ダンジョンの壁面には、タクミが仕掛けた『魔力吸着・無効化の壁』がびっしりと練り込まれており、放出された魔力を根こそぎ吸収・無力化してしまったのだ。
「ま、魔法が立ち消えた……!? 魔法陣の維持すらできんぞ!」
「くそっ、引き返すぞ! 一度外へ出て体制を整え——」
慌てて振り返り、入口へ向かって走り出す騎士たち。
しかし、どれだけ走っても、どれだけ曲がり角を曲がっても、100メートル進んだ瞬間に再び同じ石柱の前へと引き戻される。
前進しても入口へ戻り、後退しても入口へ戻る。
出口もなければ、奥へと繋がる道もない。視覚的にはどこまでも続く一本道に見えるのに、世界そのものが円環状に閉じ閉じ閉じられているのだ。
「走れ! 走り続けろ! どこかに必ず抜け道があるはずだ!!」
焦燥感に駆られたジェラルドたちが、なりふり構わず走り続ける。
だが、彼らが知る由もない。この『無限回廊』は、移動すればするほど空間の歪みとの摩擦によって、体内の魔力と体力が急速に削られていくという過剰防衛仕様になっていることを。
「ハぁ、ハぁ……な、なんだこの息苦しさは……っ!」
「足が……重い……! 体力が急速に奪われていく……っ!」
三十分後。
かつて整然と行進していた精鋭騎士50名は、汗と油に塗れ、地面に手をついて激しく息を乱していた。
重厚な鎧は鉛のように重くのしかかり、魔法も使えず、ただ同じ100メートルの空間を永遠にぐるぐると走らされる恐怖。
「悪夢だ……! なんだこの迷宮は……! 空間が……空間がおかしくなっている……ッ!!」
誇り高き騎士たちの顔から自信は完全に消え去り、底なしの絶望と精神的パニックが彼らを支配していた。
◇
その頃、ダンジョン奥のプライベートモニター室では。
「う〜ん、やっぱり『無限回廊』と『魔力吸着壁』のコンボはエグいな。手も足も出なくなってるよ」
タクミがゆったりとソファに深々と腰掛け、特製の冷たい果汁ジュースを飲みながらモニターを観察していた。
「ふふ、本当ねぇ。あんなにいばり散らして入ってきたのに、今じゃ生まれたての小鹿みたいに足腰をガタガタ言わせちゃって」
コアが艶やかな笑みを浮かべ、タクミの膝の上にちょこんと乗っかりながら二の腕に豊満な胸を押し当ててくる。
「でもタクミちゃん……空間をいつもより強めに歪めたでしょう? おかげで私の身体の奥まで……んふ、キュンキュンしちゃって大変だったんだから……♡」
「ご、ごめんコア! 調整には気をつけるよ!」
密着して甘い吐息を漏らすコアに顔を赤くしつつ、タクミは横に控えていた姫騎士へ視線を向けた。
「さて……相手の体力も精神も十分に削れたみたいだし、仕上げに行こうか、エレノア」
「ははっ! 我が主よ、あの愚か者どもに『世界の厳しさ』を教えてまいります!」
新調された白銀の聖騎士装を眩しく輝かせ、エレノアが静かに立ち上がった。
◇
「ひ、ひいぃ……だ、誰か……助け……」
虚ろな目で地面に伏し、泡を吹きかけているジェラルド騎士団長。
その絶望の空間に、突如としてカツン、カツンと透明感のある足音が響き渡った。
「な……誰だ……!?」
朦朧とする意識の中、ジェラルドが必死に顔を上げる。
そこに立っていたのは、眩いばかりの光を纏った、あまりにも美しい白銀の姫騎士だった。
透き通るような白銀の髪、藍色の美しい瞳。
身に纏う甲冑からは、一国を平伏させるほどの圧倒的な覇気が溢れ出している。
「あ……あ……」
その圧巻の存在感を前に、ジェラルドは声すら出せなくなった。目の前にいるのは、一兵卒の自分たちなど足元にも及ばない『本物の化け物』だと、本能が警鐘を鳴らしていた。
「我が主の聖域を穢し、土足で踏み荒らした無礼なる者どもよ」
エレノアは冷徹な眼光で跪く騎士たちを見下ろし、腰の聖剣へと手をかけた。
「本来ならば万死に値する罪。……だが、我が主・タクミ様は慈悲深い。お前たちの命までは奪わん」
「た、タクミ様……!? 助けて……助けてくれぇぇっ!」
ジェラルドが惨めに悲鳴を上げた。
「——主の慈悲に感謝するがいい。『聖光一閃』」
シャァァァンッ!!
エレノアが宝剣をわずかに一回、一閃させた。
次の瞬間、空間そのものが白銀の光で満たされた。
ドバァァァンッ!!
絶大な衝撃波が騎士たちの頭上を突き抜け、後方の頑丈な岩壁を跡形もなく粉砕・消滅させる。
そして、その衝撃波の余波だけで——
バチバチバチバチッ!!
「「「「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!???」」」」
50名の騎士たちが身に纏っていた重厚な金属鎧、盾、武器のすべてが一瞬にして微塵に砕け散り、弾け飛んだ。
怪我ひとつ負わせず、装備だけを極限の精度で完璧に解体・破壊したのだ。
光が収まった後、そこに残されたのは——
下着同然の姿で、あまりの恐怖と威圧感に腰を抜かし、涙と鼻水と尿を垂れ流してガタガタと震える50人の「元・精鋭騎士」たちであった。
「ヒィィィッ! か、神級の剣士……!? どんな過剰な罠と化け物がいるんだこのダンジョンはぁぁぁっ!?」
ジェラルドは頭を地面に擦り付け、必死に命乞いをした。
「ごめんなさいぃぃ! 子爵に命令されただけなんです! なんでもします! 奴隷でも何でも働きますから、命だけはぁぁぁっ!」
そこへ、悠々と歩いてきたタクミが姿を現した。
「ふむ、流石だねエレノア。怪我なく綺麗に無力化してくれた」
「はっ! 主のお言いつけ通り、完璧にこなしました!」
誇らしげに胸を張るエレノア(相変わらず胸元が強調されて眼福である)。
タクミは怯えきった50人の騎士たちを見下ろし、優しく微笑みかけた。
「さて、ジェラルド団長。君たちも今日から我がダンジョンの『第2期開拓作業員』だ。ツルハシを持ってもらうから、しっかり掘ってもらうよ?」
「「「「は、はいぃぃぃぃっ! 喜んで掘らせていただきますぅぅぅっ!!」」」」
こうして、バロア子爵が誇るBランク精鋭騎士団50名は、一人の脱落者も出すことなく完璧に分からされ、ダンジョンの次なる発展のための「優秀な労働力」として吸収されたのであった。




