第2話:過剰防衛クラフトと熱い吐息
「ふぅ……ひとまず、ダンジョンコアの崩壊は免れたな」
大きく息を吐き出し、タクミは自分の掌を見つめる。
全身に漲る圧倒的な魔力と、脳内に広がる無限のクラフト知識。前世で動画を指を咥えて眺めることしかできなかった自分が、いまや世界そのものを創り出せる能力を手に入れたのだ。
「あの、コアさん。これからこのダンジョンをどうしていくかを考える前に……この異世界のことを少し教えてくれませんか? 俺、さっき転生してきたばかりで何も知らなくて」
「ええ、もちろんよ。マスターなんだから『コア』って呼び捨てでいいわ」
コアはお気に入りのようにタクミの隣に腰掛け、豊かな胸を二の腕に押し当てながら優しく微笑んだ。
「この世界には大きく分けて三つの強大な人間国家があってね。ここから一番近いのは『ルクス王国』っていう騎士と魔法の国よ。人間たちは『冒険者ギルド』っていう組織を作っていて、ランク分けされた冒険者たちが日々ダンジョンを攻略して資源を奪っていくの」
「冒険者ギルド……定番だな。ランクってことは、やっぱりものすごく強いヤツらもいるのか?」
「ええ。この世界には生まれ持った『スキル』や訓練で得る『魔法』が存在するわ。高ランクの冒険者になると、一撃で城壁を吹き飛ばす攻撃魔法を使ったり、物理法則を無視したスキルで突進してきたりするの。それに、ダンジョンの中には人間だけじゃなく、野生の凶暴な魔物たちも侵入してくるわ」
コアの解説を聞くうちに、タクミの頭の中で社畜時代に培われた「極度の心配性」が猛烈な勢いで鎌首をもたげ始めた。
(待てよ……? 一撃で城壁を吹き飛ばす魔法? 物理法則を無視した突進スキル……!? そんな連中が押し寄せてきたら、俺たちなんて一瞬で叩き潰されるんじゃないのか……!?)
「たくみちゃん? どうしたの、急に青い顔をして……」
「コア! このダンジョンの初期防衛ってどうなってる!?」
「えっ? ええと……エントランスのすぐ先に、深さ5メートルくらいの『落とし穴』が一応ひとつだけ仕掛けてあるけど……」
「5メートル……!? 甘すぎる、甘すぎるぞ!!」
タクミは頭を抱えた。
「高ランクの冒険者なら5メートルなんてスキルや魔法で軽々飛び越えてくるだろ! もしかしたら飛行魔法を使うかもしれないし、超人的な身体能力で壁を登ってくるかもしれない! 念には念を入れないと、今夜も安心して眠れないぞ!」
「え、えぇ……? たくみちゃん、ちょっと落ち着いて——」
コアの制止も耳に入らず、タクミの職人魂と過剰防衛本能に一気に火がついた。
「よし、やるぞ! 『神級クラフト』起動——空間再構築!」
タクミがダンジョンの床に手を突き、大量の魔力を叩きつける。
脳内の設計図に従い、地殻そのものを強引に書き換えていく。
「まずは落とし穴の深さだ! 5メートルなんて生ぬるい、一気に100メートルまで掘り下げる!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……っ!
ダンジョンの基盤が鳴動し、エントランスの床が一瞬にして見渡す限りの大穴へと変貌する。
「あぐっ……!? んあぁっ……っ!?」
直後、タクミの隣でコアが甲高い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
「コア!? どうしたんですか!?」
「な、なにって……っ! ダンジョンの構造は、私の身体そのものなのよ……っ! そんな……急に奥深くまで削り取られたら……っ!」
半透明だった肌が今やぽっと赤らみ、コアは胸元を乱しながら、潤んだ瞳でタクミを見上げていた。豊かな胸が激しく上下し、甘い吐息が零れ落ちる。
「ご、ごめんなさい! でも手を止めるわけにはいかないんです!」
「えっ、まだやるの……っ!?」
「当たり前です! 100メートルの底に落ちても、風魔法や落下の衝撃を殺すスキルで着地されたら意味がない! 念のため、底には灼熱のマグマプールを敷き詰めておきます!」
ズズズ……ドォン!!
ダンジョン最下層の地層を錬金術で一気に圧縮・加熱し、ドロドロに溶けたマグマの池を錬成する。上空からの衝撃を和らげる術を奪い、問答無用で焼き尽くす殺戮トラップの完成だ。
「あぁあんっ……! 熱い……っ、身体の芯まで、熱くなっちゃう……っ! たくみちゃん、ダメぇ……そんなに急に流し込まれたら、頭がおかしくなっちゃう……っ♡」
過剰な魔力注入と劇的な構造変化の刺激に耐えかね、コアはタクミの足元にしがみつき、艶っぽい声を漏らしながら悶絶していた。
「よし……! これなら流石に、並の冒険者や魔物ならひとたまりもないはずだ!」
タクミは汗を拭い、大満足で頷いた。
やりすぎなほどの過剰防衛トラップの完成に、前世で抑圧されていた「モノづくりへの欲求」が最高のカタルシスとなって全身を駆け巡る。
◇
過剰な改築作業を終え、タクミは疲れた身体を癒やすため、ダンジョンの奥に自分たちのプライベートルームを制作することにした。
「ふぅ、やっぱり疲れた後は風呂に限るな」
『神級クラフト』で上質な木材と魔導石を錬成し、作り上げたのは「檜風呂風の温水温泉」。
ほのかに漂う木の香りと、魔導石で常に適温に保たれる極上の湯だ。
さらにその隣には、ふかふかの高級羽毛布団を敷き詰めたキングサイズのベッドも完備した。
「すごいわ……たくみちゃん。このお風呂もベッドも、王族の宮殿だってここまでのものはないわよ……?」
さきほどの激しい悶絶からようやく正気を保ち直したコアが、感銘を受けたように目を輝かせる。
しかし、その豊満な身体を包む薄絹は湯気でしっとりと肌に張り付き、かえって目の毒だった。
「マスターの特権ですからね。これで今夜はゆっくり休め——」
タクミが湯船に足を浸そうとした、その時だった。
ズゥゥゥン……!!
ダンジョンの最奥部——まだ未開拓だった闇の領域から、地鳴りのような重低音が響き渡った。
『警告:ダンジョン最奥エリアにて、極めて強大な古代魔力反応を検知』
脳内に鳴り響くシステムアナウンス。
先ほど作ったマグマのトラップすら霞むほどの、圧倒的で暴虐的なまでの「覇気」が、ダンジョン全体を冷たく支配していく。
「この覇気……嘘でしょ……!?」
コアが青ざめた顔で絶句する。
「まさか…このダンジョンの最奥から、かつての世界を揺るがした『あの子』の覇気が溢れてくるなんて」




