第15話:福利厚生が手厚すぎてホワイト化する開拓地と、新たな妄想被害
「へい、ザック! そっちの岩盤の砕石、終わったぜ!」
「おう、ボブ! 助かる! よし、これで今日のノルマ分は完了だな!」
ダンジョン地下3階層の新規開拓エリア。
つるはしを振るい、威勢の良い声を掛け合っているのは、かつて『赤き竜の牙』として外界で恐れられたAランク冒険者たちであった。
汗を拭うザックの肉体は引き締まり、その表情には外界で冒険者をしていた頃の「明日の命も知れぬ悲壮感」など微塵もない。それどころか、非常に健康的な笑顔を浮かべている。
「ふぅ……今日の作業も良い汗かいたわね」
汗をかいた薄手の作業服の胸元をパタパタと仰ぐのは、元・大魔導士のメラニーだ。彼女の横では、重戦士ゴライアスが巨大な台車に鉱石を積み上げている。
*ピローン♪*
エリア全体に、優しげな魔導チャイムの音が響き渡った。
『作業員の皆様、本日の定時掘削作業は終了です。お疲れ様でした。定時以降の残業は禁止されておりますので、速やかに「魔導スパ施設」へ移動し、汗を流してください』
コアの柔らかいアナウンスが響くと、ザックたちは「よっしゃあ!」と歓声をあげた。
「きたぜきたぜ! 今日は週に一度の『薬草サウナ&氷結水風呂セット』の日だ!」
「サウナの後の『特製オロポ(魔導栄養ドリンク&ポカリスエット風飲料)』が最高なんだよなぁ!」
「夕飯はタクミ様特製の『スタミナ豚キムチ丼』らしいぞ! ご飯おかわり自由だそうだ!」
彼らは自ら進んでタオルと着替えを手に取り、嬉々として大浴場へと向かっていく。
彼らは「捕虜」であり「強制労働」をさせられているはずだった。
しかし、タクミが提供する労働環境は、過酷なブラック冒険者業界を生き抜いてきた彼らにとって「約束された天国」そのものだったのだ。
・完全8時間労働&週休2日制
・作業後の炭酸泉・サウナ・水風呂完備
・温水洗浄トイレ(全自動)完備
・栄養バランス完璧な三食絶品ご飯付き
・成果に応じたダンジョン内通貨(売店で嗜好品が買える)の支給
「……おいザック。バロア子爵の『金貨一万枚』の依頼って、一体なんだったんだろうな?」
サウナの最上段で限界まで汗を流しながら、ボブがポツリと呟いた。
「ハッ、笑わせるぜ。あんな腹黒貴族の下で命を張って、報酬から仲介料を跳ね引かれてた日々がバカバカしくなるわ。俺はもう、一生ここでツルハシを振るって暮らしたいね」
ザックは整い過ぎた顔で天を仰ぎ、しみじみと頷いた。
◇
一方、ダンジョン最奥のモニター室。
「……うーん、みんなすごく真面目に掘り進めてくれているね。予想の1.5倍のペースで拡張が進んでいるよ」
タクミはモニターに映る『赤き竜の牙』の快適そうな様子を見ながら、手帳にチェックを入れた。
「たくみちゃんのおもてなしと福利厚生が凄すぎて、もう誰も逃げ出す気がないみたいね〜♡」
コアがタクミの首に腕を回し、頬をスリスリと寄せてくる。
「主の温情溢れる統治、まさに理想の主君にございます!」
聖騎士エレノアも感銘を受けたように胸を打たれていた。
しかし——タクミの表情は、一向に晴れることはなかった。
それどころか、その瞳には深々とした「警戒と不安」が渦巻いている。
「……二人とも、浮かれるのはまだ早いよ」
タクミが深刻な面持ちで立ち上がると、モニター室の温度が急に下がったかのような錯覚を覚えた。
「えっ……? たくみちゃん?」
「考えてもごらんよ。Aランク冒険者といえば、この領域における事実上の『最高武力』だ。それを送ったバロア子爵が、彼らとの連絡を絶たれたらどう思う?」
タクミはホワイトボードを引き寄せ、ペンで恐ろしい予測図を書き始めた。
「『Aランクパーティーが即座に消息を絶つような規格外の魔境』——子爵は間違いなく、我がダンジョンをそう認識する! そしてプライドを潰された彼は、次で確実に【全戦力の投入】に踏み切るはずだ!」
「全戦力……ですか!?」
エレノアが息を呑む。
「そうさ! 領主軍の総動員はもちろん、近隣の領地からの連合軍結成、さらには闇ルートを使った【国家級暗殺者ギルドの雇用】**や**【古代発掘魔導兵器の投入】まで考えられる!」
「こ、国家級暗殺者に……古代魔導兵器だなんて、そんな大袈裟な……」
コアが引きつった笑みを浮かべるが、極度の心配性であるタクミの暴走は止まらない。
「備えなければならない……! 物理攻撃、魔法攻撃、精神攻撃はもちろん、空からの強襲や地下からのドリル侵入、さらには毒ガスや細菌兵器に至るまで、あらゆる『最悪のシナリオ』に対応できる防衛システムをクラフトするんだ!」
タクミの身体から、怒涛のクラフト魔力が溢れ出す。
「新プロジェクト始動だ! 2階層と3階層の間に【対・全自動迎撃用レーザー&麻痺ハリセン・ターレット地帯】**を建設! さらに、侵入者の精神を直接破壊する**【超重力・全身ツボ押しローラー通路】**と**【エンドレス・赤ちゃん泣き声メンタル攻撃部屋】を増設する!!」
「ツ、ツボ押しに赤ちゃんの泣き声……!? なんという過剰……いえ、苛烈極まる防衛陣形……!」
エレノアがその圧倒的な(勘違いによる)先回りの構想に戦慄する。
「よし、チートクラフト……一括全自動施工、スタート!!」
◇
その頃——領主バロア子爵の屋敷。
「ぐ、ぬぬぬぬぬ……ッ!! なぜだ! なぜAランクの『赤き竜の牙』まで音信不通になるのだぁぁぁッ!?」
豪華な執務室で、バロア子爵は高級な壺を投げ割り、激昂していた。
Bランク騎士団50人に続き、地方最強のAランク冒険者まで消息を絶った。
あのゴミのような最弱ダンジョンに、一体何が潜んでいるというのだ。
「ええい、こうなれば背に腹は代えられん……! 我がバロア家に代々伝わる秘宝、そして王都の裏社会に及ぶ我が人脈のすべてを使い……あの忌々しいダンジョンを跡形もなく消し炭に変えてやる!!」
血走った目でそう叫ぶ子爵の手に握られていたのは、異国の古代遺跡から発掘されたとされる、黒く不気味に蠢く『災厄の魔導羊皮紙』であった。
自尊心を完全に打ち砕かれた領主の暴走と、過剰防衛を爆走させるタクミの勘違い。
二つの過剰な情熱が、ダンジョンを舞台にさらなる大混乱を引き起こそうとしていた。




