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第七十五話:あの外交官ですか

 始業の一時間前だというのに、エルヴィスがすでに監査局の机で作業をしていた。


「おはようございます。早いですね」

「おはようございます、殿下。仕事がたくさんあるもので」


 エルヴィスは疲れた顔でそう答えた。だが仕事に忙殺される悲壮感はまるでなく、むしろ楽しさを押し殺しているような、そんな印象を受けた。


「昨日の金貨について、会計室から何か新しい回答や報告などありましたか?」

「現在は決裁者の確認を進めていると連絡がありました。ですが、過年度支出補填の根拠となる記録に関しては、まだ何の回答もありません」

「そうですか」


 昨日、記録にも記憶にもない支出の補填金として僕に届けられた金貨六千八百枚。金貨は封印の上保管金庫に移しているが、誰が何の目的でそんなことをしたのか、不明のままだ。僕はこれを、僕を嵌めるための罠だと踏んでいるのだが、いかんせん何の証拠もない。ひょっとするとこのまま、何の進展もなく時間だけが過ぎる可能性だって十分にありえる。


 不要に金貨を受け取ることで相手の罠に引っかかることは免れた。それで良しとするしか、ないのかもしれない。だが、またいつこんな爆弾が送り込まれるのかわからない。後手に回ってばかりいたら、いつか相手にやられてしまう。


「エルヴィス、会計室から回答があったら、内容の確認と検証をお願いいたします。中途半端な回答であれば追加で照会しましょう。その対応はあなたに任せます」

「え? 私の裁量で行ってもよろしいのですか?」


 困惑した様子で、エルヴィスが言った。


「ええ。不十分な内容での追加照会は任せます。私一人では、捌ける業務量に限界があります。エルヴィス、あなたの知見が必要です」

「承知しました。ありがとうございます」


 そう答えたエルヴィスは一瞬驚いた表情を見せ、すぐに頷いた。その表情は嬉しそうだった。仕事が増え、認められた。その嬉しさを噛み締めるような表情だった。やはり僕の目に間違いはなかった。エルヴィスは優秀な部下だ。


「まあ、新しい不正の疑いや妙な金の流れを感じたら、すぐに報告してください。それは一緒に対策を練りましょう」

「かしこまりました」


 エルヴィスは充実した瞳で頷いた。その後、何かを思い出したかのようにはっとした表情を浮かべた。


「どうかしましたか?」

「昨夜ですが、外務殿から面会の申し入れが届いておりました」

「外務殿から面会の申し入れ?」

「はい。カルカウディア商業連邦のルシルギル・マルベル殿が、殿下にお会いして相談したいことがあると」

「ルシルギル……ああ、あの外交官ですか」


 その珍しい名前で、僕はすぐにいつかの夜会で会ったターバン帽の男を思い出した。


「面会希望日時は、いつですか?」

「ええと、それが……」

「殿下」


 壁際に立っていたエスメラルダが、僕を呼んだ。同時に、コンコンと監査局の扉がノックされる。


「今日の朝、とあります」


 エルヴィスが、外務殿からの書類を見ながら言った。僕はエスメラルダと目を合わせる。僕が頷くと、エスメラルダが扉を開いた。


 現れたのはターバンを頭に巻いた三人組だった。どの顔にも見覚えがある。


「早朝よりご無礼いたします。カルカウディア商業連邦通商外交官、ルシルギル・マルベルでございます。先日の夜会以来、でございますね」


 細い目の男、ルシルギルが言った。その背後にいる二人の男も深々と頭を下げる。確か、ルシルギルの部下のチョウとカイだ。


 外務殿からの申し入れは昨夜届いていたというが、確認できていなかった。朝っぱらから何なんだ、という気持ちはありつつも、ここで追い返すのも失礼だ。下手すれば外交問題に発展する。


「お待ちしておりました。狭い場所ですが、おかけになってください」


 確認できていなかったのは、こちらの落ち度だ。僕はそのまま応接用の椅子に三人を案内した。こうなったら、早く挨拶をして帰ってもらおう。


「それで、相談というのは?」


 チョウとカイに挟まれる形で、中央に座ったルシルギルに尋ねた。ルシルギルが右を向いて頷くと、チョウが鞄の中から書類の束を取り出した。


「単刀直入に言いますと、殿下に我が連邦の帳簿を確認いただきたいのです」

「え?」


 チョウが、両手で書類の束を机の上に置いた。僕はそれを受け取り、パラパラと中身を確認する。品目、業者名、取引日、金額などが事細かに並んでいた。


「我が連邦とヴェルグガルド帝国の間では、長年に渡る友好条約の元、様々な物資の取引が行われております。食物、衣類はもちろん、その原料となる羊毛や穀物、木材から魔法資材、魔石に至るまで、品目は多岐に及びます」

「ええ。存じています」

「近年、その一部の取引に置いて、帝国側と連邦側で数字が一致しない事例が多々見受けられるようになりまして」

「数字が一致しない?」

「そうなんです。そちらの資料は帝国側と連邦側の取引の帳簿をまとめたものになります。一枚目は帝国側、二枚目は連邦側、という形で続けているのですが、一度ご覧いただいた方が早いかと」


 ルシルギルにそう言われ、僕は手に取った帳簿を確認する。帝国側から連邦側に対しての、魔石の納品書だった。中級魔石二トンを金貨二万枚で売買した記録だ。担当はトゥクナルハ商会で、彼らの印もある。二枚目を見ると、中級魔石一・九トンを金貨二万枚で売買したという、連邦側の受領書だった。

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― 新着の感想 ―
つまり、対国外の書類の内容より対国内向けの書類は多く持ち出して売ってる事に成ってるわけだ…「持ち出した品物の差額」はどこへ消えたんですかねぇ…。 それもあるが普通に、これ外交されてるなぁ… 「相手国…
一・九トンだったのに連邦側はその場で何も言わなかったの?
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