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第七十話:御愁傷様でした

 その❶:僕がこの世界とは別の世界の記憶を持つ、異世界転生者だということ

 その❷:僕が黒幕らしき人間を探していること

 その❸:エスメラルダも転生者

 その❹:僕が以前のヴィルヘルムとは違うこと 

 その❺:僕が悪魔に取り憑かれた(と思い込んでいる)

 その❻:大した意味がない


 六つのプランを考えていたのだが、エスメラルダの口から出てきたのは僕の想像を遥かに超えるものだった。いや、というよりもベクトルが違った。


 彼女の口から出てきたのは、彼女に婚約者がいたということだった。


「相手の方は悪い方ではありませんでした。私が、相手の望む妻になれなかった、ただそれだけです」

「ええと、それは……御愁傷様でした」

 

 なんだその返答は。動揺しすぎて、変なことを口走る。


「結婚したら剣を置き、危険な仕事を辞め、子を産んで家を守ってほしい。そう言われました。私もそれを受け入れるつもりでいました」

「い、意外ですね」


 言ってからそれが失礼に当たると瞬時に理解した。


「父のクラウドは、私が剣を学び騎士になることを認めてくれていました。ただ、やはり一方では一家の当主として、娘には相応の家に嫁ぎ、子を産み、家を繋いで欲しいという願望もあったようでした」

「はあ」

「ある日、父が持ってきた縁談を私は受け入れました。女性で騎士であることに限界を感じていた時期で、それまで自由に育ててくれた父に対しての、せめてもの恩返しのつもりで引き受けました。ですが、婚礼の日が近づけば近づくほど、息苦しくなって」

「……結婚が、嫌だったんですか?」

「いえ、そうではありません。ただ、このまま騎士団長の娘として相手の家に入り、子を産み育てる。その先にある人生を考えた時、自分の居場所がどこにもないように思えたのです。わかりやすく言えば、女として母になる自分が、まったく想像できなかった。今いる自分の死、と言ってもいいかもしれません」

「それが、婚約を解消した理由ですか?」


 僕がそう尋ねると、エスメラルダはゆっくりと頷いた。重い沈黙が、監査局に募る。


「でもまあ、結婚してから別れるよりは、よかったんじゃないですか?」


 沈黙に耐えかねた僕は、できるだけ明るくそう言った。


「僕は結婚したことがないんで偉そうなことは言えませんけど、結婚式やって、いざ二人で生活をって時に、やっぱり私はあなたの望む妻にはなれません、って言われるより、まだ婚約中にそう言ってもらった方が、僕はいいですね」

「そんなものでしょうか」

「はい。そこまで自分を責めなくてもいいです」

「殿下は、こういう時だけ妙に割り切りがいいですね」

「こういう時だけ、っていうのは余計ですよ」


 僕がそう言うと、エスメラルダが微笑んだ。だがそのあとすぐに真顔に戻る。


「結婚を恐れた理由は、それだけではありません」

「まだ何か、あるんですか?」

「私の母の話をしてもいいでしょうか?」

「もちろん」

「私の母は、この国の人間ではありません。南の国から嫁いできた姫です」

「南の国の姫? 南の国ってことは、サウサニア公国連合の?」


 エスメラルダが頷く。


「連合国に属する小国ですが。政略結婚だったそうです」

「政略結婚」


 珍しい話ではないだろう。一国の将軍が、隣接国との友好の象徴として婚姻関係を結ぶ。血は水よりも濃い。


「父と母の仲は悪いわけではありません。それでも母は帝都の暮らしに馴染めず、また故郷でのお役目もあるため、母はほとんど南方で暮らしています。離婚もしてませんし、手紙のやりとりもあります。ですが、一緒には暮らしていません」


 淡々と、エスメラルダが語る。


「幼少期、自分がもっといい娘だったなら母は残っていたのではないか、と考えたこともありました。ですが、大人になった今ではわかります。誰が悪いとかではないんです。父には父の人生があるし、母には母の人生があった。二人とも、それを捨てることができなかっただけです」

「母に捨てられた、と思ってるということですか?」

「いいえ。そんなことは微塵も。ただ、私は二人のような結婚をしたいとは思えません。結婚し、家庭を築いたとしても、自分の生きたい人生を捨てることができない。それならばいっそ、一人の方がましです。このまま結婚したら、いつか私も父と母のようになるのではないか、私はそれが怖かったんだと思います」

「なるほど……」


 再び深い沈黙が落ちた。


「それで、その、婚約を解消した後は、どうしたんですか?」


 話の矛先を変えようと、違う話を振ってみる。

 

「そのあとは実家に戻りづらくなったため、自ら辺境警備を志願しました」

「辺境警備……」


 噂で聞いたことがある。場所は定かではないのだが、良質な魔法石が採掘できる辺境がこの帝国にはあるという。盗賊や蛮族、ある時は隣国の軍隊がその採掘場を狙っているらしく、その警備は時に熾烈を極めると言う。


「すごく、楽でした」

「え? 辺境警備が、ですか」

「はい」

「辺境警備を経験して、その感想を言う人はあまりいないと思いますよ」


 人によってはこの世の地獄だと聞いたことがある。


「ずっと辺境警備に就き続けるつもりでした。ですが、皇帝陛下に呼び戻されました」

「僕の監視役として、ですね」

「はい。宮廷から出ず、浪費癖があって何を考えてるかわからない第三皇子を見張れ、と」

「それはかなり不名誉な評価ですね」

「適切な表現だと思いますが」


 エスメラルダの発言を訂正したかったが残念ながら事実なので、僕は何も言い返せない。


「それからずっと、皇帝陛下への報告は続けています」

「僕が第三皇子宮の経費を削り始めたことも?」

「もちろん」

「偽の印章の件は?」


 エスメラルダが当然だと言わんばかりに頷く。


「オーバールック橋、軍糧庫、小型結界石、カスケード号」


 エスメラルダが、当然だと言わんばかりに頷いた。


「僕が仕事から逃げて引き籠ろうとしたことは?」

「それも何度か報告しています」

「そういうのはしなくてよくないですか?」

「陛下から任されている監査局の勤務状況です。当然、報告対象です」

「父上に報告してると知ってたら、もっとスマートに仕事しますよ」

「それでは監視の意味がありません」


 エスメラルダの目力が強くなる。確かに、彼女の言う通りだ。


「そもそもなんで、僕の護衛を続けてくれてるんですか?」

「その理由も、お伝えするつもりでした」

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