第六十九話:婚約者がいました
ひょっとして、エスメラルダは三人の護衛騎士のうちの一人なのだろうか。その可能性は、まあかなり高い。ゲームでは名前すらなかった護衛騎士が、今こうして僕を護衛している。
だとしたら、残りの二人は誰なのだろう。処刑されるのはかなりあとなので、それまでに一人、また一人と追加されるのかもしれない。まあ、今考えてもどうしようもないことだが。
そう考えると、今度はメイドのカリナやエルヴィスがゲームに出てきていたのか、気になってくる。正直、そこまではよく覚えていない。メイドシステムはあったが、あれはそこまでやり込まなかった。目の前のエルヴィスを見つめる。
「殿下?」
口を開けようとしたところで、エルヴィスと目が合った。
「……何でもありません」
危ない。彼に「『プラチナ・レガリア』に出てましたっけ?」と聞いたところで、頭がおかしいと思われるだけだ。
僕は一息つくために立ち上がり、窓の外から遥か遠くに見える市街地を望む。ふと、怖い妄想が頭をよぎった。
その❹:僕が以前のヴィルヘルムとは違うこと
僕はある日、処刑台の夢を見てから前世の記憶が蘇った。だがそれ以前も以後も、どちらの僕も、僕自身のつもりだ。ヴィルヘルムとして育った記憶もあれば、前世で経理屋として働いていた記憶もある。だが、それを他人に説明して理解してもらえる自信はない。
下手をすれば、エスメラルダは何者かが僕の体を乗っ取った、と思い込んでいるかもしれない。何者かといわれたらそれは、おそらくは悪魔だろう。
その❺:僕が悪魔に取り憑かれた(と思い込んでいる)
可能性は、ないことはないだろう。最悪、僕はこれからエスメラルダに悪魔祓いをされることになるかもしれない。
そこまで考えて、自分が相当おかしなことを考えていることに気がついた。
よくない。考えすぎだ。エスメラルダが『殿下が抱える秘密について、お話ししたいことがあります』と言ったが、
その❻:大した意味がない
いや、ほぼこれが正解だろう。
「殿下」
エルヴィスが一枚の書類を差し出してきた。
「会計室から返答がありました。こちらが受領確認の書類です」
「ありがとうございます」
僕は羽ペンを取り、書類の下部に署名する。
「殿下。こちらはただの確認書です。殿下にご署名いただく書類では……」
「え?」
書類を見ると、確かにただの確認書で、僕は何もない空白に署名をしていた。
「すみません」
「殿下……大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「なんか、顔が青いようですが……」
「ちょっと疲れているのかもしれません。とりあえず、エスメラルダが戻ってくるまで、横になってていいですか?」
「承知しました」
「理由は聞かないんですね」
「今の殿下に何かをお願いする方が危険ですので。ゆっくりとお休みになってください」
「その判断は、正しいです」
さすが僕が見込んだ優秀な人材だ。だがこういう時は、少し悲しい気分になる。
◇ ◇ ◇
「殿下、追加照会の書類を会計室に届けて参ります。今日はそのまま失礼します」
そう言って監査局をあとにしたエルヴィスと入れ違いで、エスメラルダが戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
エスメラルダの表情はいつもと変わらない。それが逆に怖かった
「クラウド将軍とはお話しできましたか?」
「はい。父と、あと、皇帝陛下にもお会いして参りました」
「父上にも?」
「はい。それについては後ほど」
窓の外は暗くなっていた。見下ろす市街地の明かりが、ぽつぽつと灯り始める。監査局には僕とエスメラルダだけが残っていた。
「殿下。先ほど申し上げたことについてですが」
「……はい」
僕は息を呑んだ。そこで喉がカラカラに乾いていたことに気がついた。
「私は、殿下が何かを隠していることを、知っています」
心臓が一度、大きく跳ねる。
「いつから、ですか?」
「気づいたのは、かなり前です。最近になって、それが確信に変わりました」
エスメラルダが僕を見つめている。僕は視線を逸らすことができない。
「私は、その理由を含めて知りたいと思っています。ですが、一方的に殿下の口から説明して欲しい、とは申しません」
僕はエスメラルダの言葉を反芻した。だが、言いたいことがよくわからなかった。
「と、言うと?」
「まずは、私が殿下にお話しします」
「え?」
「私が、これまで殿下に話していなかったことをお伝えします。その後、殿下も、殿下の秘密を私に話してください」
まだ、よく理解できていない。僕が抱えている秘密についての話じゃないのか?
「私には以前、婚約者がいました」
「……は?」
エスメラルダが語る内容は、今日僕が考えたどのプランとも違っていた。




