第七話:武器棚ができてるんですけど
翌朝、監査局に赴くと、武器棚ができていた。
できていた、という言い方しかできない。昨日の夕方にはなかったものが、朝になると壁際に置かれていたのだ。部屋を間違えたかと思ったほどだ。
近くでよく見ると、どうやら古い棚を磨き直したものらしい。表面の傷は残っているが、留め具は新しく締め直され、扉には簡素な鍵がついていた。中には、大剣、太刀、手斧、短槍、片手剣、見たことのないゴツゴツとした斧のようなものまで並んでいた。品揃えがもう、監査局の棚ではなくただの武器庫である。
「エスメラルダ」
「はい」
「これは何ですか?」
「武器棚です」
「それは見ればわかります。却下したはずですが」
「廃品を修繕しました。出費はありません」
出費がないと言われると、こちらの攻撃力が下がる。ずるい。
「ですが、出費がないことと資産が増えていないことは別です」
「と、言いますと?」
「これは簿価ゼロの備品です。しかも危険物です。台帳に載せます」
「承知しました」
「承知が早いな」
「台帳に載れば、武器棚を正式に置けるのですね」
「そういう意味ではありません」
エスメラルダはずっと真顔だ。暖簾に腕押しとはまさにこのことだろう。気疲れする。
一点だけ、どうしても譲れないものがある。
「鍵はかかりますよね?」
「こちらに」
「エリーゼが触れないよう、常時必ず鍵をかけてください」
「承知しております」
「それを守れないなら撤去してください」
「はい。必ず守ります」
即答だった。
そこまでして、武器棚が欲しいのか。
棚の中に見覚えのある剣があった。よく見ると、エスメラルダがいつも腰に差している剣と柄の装飾がほとんど同じだった。
「この剣は予備ですか?」
「予備であり、訓練用です」
「訓練用?」
エスメラルダは棚からその剣を取り出し、何事もなく僕に差し出した。
受け取った瞬間、僕の手首がずん、と沈んだ。
「お、重い……」
彼女は片手で軽々と差し出したが、僕はそれを両手で持つので精一杯だった。あんな細い腕のどこにそんな力があるのか。
「訓練用ですので」
「み、見た目は同じなのに……」
「使っている金属が違います。見た目の装飾を同じにしても、重さまでは同じになりません」
エスメラルダが自分の剣を少しだけ抜いて見せる。たしかに、刃の色が違った。腰の剣は黒に近い鈍い銀色で、訓練用の剣はもっと暗く、厚い。よく見ると柄や装飾の色も微妙に違う。
見た目が似ていても、手に持つとその違いは明白だった。
重さは数字だ。数字は嘘をつかない。だが、扱う人間次第では、数字で嘘をつくことができる。それこそ、いくらでも。
だが、手に残る重さは誤魔化せない。
僕は剣をエスメラルダに返し、机に座る。
机の上には、昨日薬草備蓄庫から届いた確認依頼が置かれていた。沸々と、胸の奥から何かわき起こるものがあるのが、自分でもわかった。昨日の怒りはまだ消えていない。
だから僕は、その紙を机の一番下の引き出しにしまった。
しまっただけだ。隠したわけではない。怒っている時に帳簿を見ると、判断が荒くなる。冷静になるのを待ってから対処するため、視界から一旦外すことにした。経理ではこれを保留と言う。
「お兄さま、しまえてないよ」
机の向こうからエリーゼが覗き込んでいた。いつの間に来たのか。見ると、引き出しがきちんと閉まっておらず、紙の端が一枚、ぴろりと外に出てしまっていた。
「なにそれ? おしごと?」
「お仕事ですね」
「やらなくていいの?」
「これは保留分です」
「ほりゅう?」
「あとでやる、という意味です」
「どちらにしても、きれいにあとかたずけしないとダメだよ」
至極正論である。
「殿下」
エスメラルダが机の横に立ち、見下ろしていた。
「薬草備蓄庫へは行かれないのですか?」
引き出しから出た紙の端をちらりと見る。
「今日は監査局の帳簿棚に番号札を貼る予定です」
「棚の番号札は逃げません」
「薬草備蓄庫も逃げないでしょう」
「薬草は傷みます」
こちらも正論だ。
僕は静かに深呼吸をすると、ペンを置いた。ペンを置いた瞬間、机の上にある蜂蜜菓子の缶がかたりと鳴った。エリーゼがくれた缶だ。中には羽ペン三本と木炭の欠片、折れた封蝋が入っている。缶の横には、昨日エスメラルダが私費で買った蜂蜜菓子の紙包みが一つ残っていた。
本当なら今日は監査局の棚に番号札を貼り、余った時間で資料室に残っていた古い本を読む予定だった。背表紙は焼けていたが、誰も借りていない歴史書が三冊あるのを発見した。誰も借りていない本を見ると、居てもたってもいられなくなる。誰も知らない物語が、そこにあるからだ。
薬草備蓄庫の件はもっと平静を保てるようになってから取り掛からないと、自分の怒りが邪魔をしてしまい、冷静な判断が下せない可能性がある。
「ほりゅうのおしごとって、なあに?」
エリーゼが、引き出しから出ている紙端を指して言った。
「薬草、お薬の保管に関する確認です」
「おくすり? おかあさまものんでる?」
「そうです。そのお薬です」
「おかあさま、いつもにがいっていってた」
「そうですね」
「にがいのに、おからだよくならないと、ただのまずい水だね」
エスメラルダが僕を見たのが感覚でわかった。だが、彼女は何も言わない。
その視線は、「行きますよ」と急かされるよりも効いた。
僕は椅子から立ち上がる。
「……とりあえず、現物確認だけです」
冷静にならないと判断を誤る。それだけはあってはならない。
「はい」
「帳簿は見ませんから」
「できるのですか?」
エスメラルダが即座に言った。
僕は答えに窮してしまった。




