第六十二話:僕の方が知りたい
金貨箱は運搬人たちによって、監査局の壁際に移された。エルヴィスが箱の番号と封蝋の状態を記録し、タイザンが輸送保証書と照らし合わせる。
「この金貨はどこで用意されたんですか?」
「会計室管理の金庫です。各商会から返された金を、そこでまとめたと伺っています。当家がそれを会計室まで運び、私はそこから立ち会いました」
僕は保証書に書かれた金庫名を確かめた。
「では、そこで金貨の枚数を数えた記録も取り寄せてください」
「承知いたしました。袋の数や封の状態を記した明細も、こちらにございます」
それらを預かり、エルヴィスが用意した保管の記録に目を通す。第三皇子宮への返金としては受け取らず、調査のため監査局が封印された箱を一つ預かる。それに僕は監督官として署名し、タイザンにも同じ控えを渡した。
「中は開けないんですか?」
ルーカスが箱を見下ろしながら覗き込んだ。
「開けます。ただ、開ける場合は会計室の担当者にも立ち会ってもらいます。金貨を数えた記録と一緒に確かめたいので」
「六千八百枚、ちゃんと入ってるかどうか?」
「はい。今分かっているのは、その枚数がこの箱に入っていると説明を受けたことだけです」
「え? じゃあ、それまでは誰も触らないんですか?」
ルーカスの隣に立つレオンが顔を上げた。
「封印して、宮廷内の保管用金庫に預けます」
僕はゆっくりと頷いた。
「第三皇子は浪費家という噂を聞いたことがありますが、どうやらデマのようですな」
好々爺の表情で、グレゴリオスが言った。
「ええ。金貨の詰まった箱を軽々しくは受け取らぬ、危機管理能力に長けたお人のようですね。浪費家というより、策略家でしょうね」
隣に立つヒビキが笑った。どうやら、一定の評価はしてもらっているようだ。
カリナが、監査局で貴重品を扱う際に使う白布で金貨箱を包んだ。元の封蝋は壊さず、布の結び目に監査局の封蝋を押した。宮廷衛士を呼び、運搬人らと保管用金庫に運ぶ。僕は一部始終を見届け、エルヴィスに記録も取らせた。
金貨箱を一つ保管するだけで、こんなに仕事が増えるとは思わなかった。監査局に戻り僕が深いため息を吐いていると、書類入れを閉じたタイザンが深く頭を下げた。
「当家に届いた依頼状と、契約までのやりとりもお持ちします。輸送を請け負った以上、今回のことは確かめさせてください」
「お願いします。特に、誰からどんな説明を受けたのかを」
「承知いたしました」
タイザンは運搬人たちを連れて帰っていった。手元に残った、トゥクナルハ家の印が入った控えを読み込む。
協力してくれたことには感謝しているが、トゥクナルハの方の契約の中身まで確認を省くつもりはなかった。
◇ ◇ ◇
正午を過ぎて、詰所から返事が届いた。会計室は今回の支払いを止め、報告書の原本を保存するという。一緒に届けられたのは、ブルーノが持っていた配達指示の写しだった。第三皇子不在の際の指示として、補足欄に見覚えのある名前が書かれていた。
【受領補助者:第六皇女エリーゼ】
その下には、正式な受領書は後日送付と伝達すること、と記されていた。
「最初から、エリーゼを立ち会わせるつもりだったようですね」
「少なくとも、あの場で思いついた話ではなかったようです」
カリナが答えた。
「エリーゼ様にそのようなお役目はございません。第三皇子宮に届く物は、私どもメイドが先に確認しております」
妹に受領を認める権限はない。だがそれでも、金貨箱を見た、第三皇子宮に置くところに立ち会った、と言わせることはできる。後になって大人たちが何を言い立てるか、七歳の子には分からない。
「第三皇子宮にも知らせてください。何者かが僕の名を騙ったとしても、先に必ず確認を取るように。それと、今後二度とエリーゼを受け取りの場に出さないでください」
「承知いたしました」
「エルヴィスは念の為、会計室に保留通知の受付が正常に受理されたかの確認を」
「承知いたしました。すぐに控えを取って参ります」
エスメラルダが僕の手をじっと見ていることに気がついた。いつの間にか僕は、拳を握りしめていた。
「それじゃあ兄上、お邪魔しました。そろそろ行きますね」
不意に聞こえたルーカスの声に、我に返る。
「ああ。すみません、なんか変なトラブルに巻き込んでしまって」
「いえいえ。むしろラッキーでした。兄上の采配を間近で見ることができて。な、レオン」
ルーカスもだが、レオンも目をキラキラと輝かせて僕を見つめていた。
「レオンのおかげだよ。君が、金貨箱を金庫とここで保管することの何が違うのかって言ってくれたから、監査局で保全することを思いついたんだ」
「え? え? そうなの? やったー! 兄上の役に立てたー!」
「おいレオン、調子に乗るなよ」
両手を上げ飛び跳ねるレオンを、ルーカスが嗜める。まさかこんなに喜ぶとは。意外すぎてなのか、カリナとエスメラルダが顔を見合わせる。グレゴリオスとヒビキは、はしゃぐ二人を笑顔で見守っていた。
「また来てもいい?」
ルーカスとレオンが、同時に尋ねた。
「いつでも、と言いたいところですが、今度はもう少し僕が暇な時に来てください」
「兄上が暇な時って、いつ?」
レオンが尋ねた。
それは確かに、僕の方が知りたい。




