第六十一話:僕が断ったら?
タイザンは鞄から書類と封筒を取り出し、机の上に置いた。
「荷物はそのまま動かさないように」
タイザンが運搬人たちに言った。彼らは「はい!」と威勢のいい返事をした。
「これが輸送保証書になります。こちらの封筒は、会計室から金貨を引き渡した記録だとして、当家の会計担当に渡すよう預かっているものです」
「タイザン殿、それは会計室にて訂正してからでお願いいたします」
ブルーノが口を挟んだ。
「訂正?」
タイザンが顔を上げた。いつもの大声ではなく、静かな疑問形だった。
「どの部分をですか? 金貨の引き渡し記録を当家でも保管するようにとおっしゃいましたよね?」
「殿下が受領を保留されましたので、処理が変わります」
「では、何をどう変えるのか、ここで説明してください」
タイザンは宛先にトゥクナルハの名があることを確かめ、封筒を開いた。取り出した紙に視線を落とすと、その太い眉が中央に寄った。
「殿下。こちらを」
タイザンが僕に差し出したのは、一枚の報告書だった。
【返納金移送完了報告】
【特別調整金:第二八一号】
【受取先:第三皇子宮】
【受領者:第三皇子ヴィルヘルム】
末尾にはブルーノの署名と印があった。補足欄には、受領書は後送、とある。その一文を読み、僕は顔を上げた。
「これ、完了報告書ですよね?」
「はい。受領書と合わせて処理するためのものです」
「僕はまだ、受け取っていませんが」
ブルーノは、僕が押さえた署名欄を見た。
「事前に準備した書類でございます。会計室では、予め準備をしておくのが慣習になっております。特に今回、皇族の方をお待たせするわけには参りませんので」
「宛先を先に書くのは分かります。ですが、渡した確認の署名まで先に書き、配送業者に渡すのはやりすぎでしょう」
タイザンが勢いよく机に手をついた。
「ブルーノ殿。この報告書の原本は、もう会計室に提出したとおっしゃいましたね」
タイザンが尋ねた。
「はい。手続きを先に進めただけでございます」
ブルーノが言った。
僕は報告書の「受領者:第三皇子ヴィルヘルム」という記載を指した。
「僕はまだ金貨を受け取っていません。それなのに、会計室には『第三皇子宮へ渡した』と報告したんですか?」
「このあと受領書にご署名いただければ、手続きは完了となります」
「僕が断ったら?」
「受取先のご都合による取消しとして処理いたします」
だから、受取先都合と言い張っていたのか。
僕が受け取れば、先に出した嘘の報告が本当になる。断れば、僕の都合で取り消したことになる。渡す前に「渡した」と報告した自分の責任については、どちらに転んでも問われずに済ますつもりだったらしい。
「その報告書はこちらで預かります」
僕が言うと、ブルーノが机の上に手を伸ばした。その前に、タイザンがその紙を押さえる。
「当家には、輸送のために金貨を預けた記録だと説明されました。殿下に渡し終えた報告書だとは、聞いておりません」
「事務上の行き違いです。訂正いたしますので……」
「説明と違う書類を渡しておいて、行き違いという言葉だけで済ませないでください」
タイザンは報告書を手に取り、僕に手渡した。
「殿下。これは当家に渡された控えです。お預けします。今朝の説明についても、私から証言いたします」
「お願いします」
エルヴィスが書類を受け取り、内容を書き写し始めた。
「では、私は会計室へ戻り、原本を訂正して参ります」
ブルーノはそう言うと踵を返した。いつの間にか、扉の前にエスメラルダが立っている。ブルーノはその場から動けずに、固まってしまう。
「お待ちください」
僕は言った。
「原本は、書き直す前に確認させてもらいます。誰の指示でこの報告を出したのかも、ここで説明してください」
ブルーノは鞄に手をかけたまま、僕とタイザンを見比べた。
「私は、会計室で決められた手順に従っただけでございます」
「では、その手順を決めた方のお名前を教えてください」
「それは、私の一存では……」
「僕が金を受け取ったという報告には、ご自分の名前で署名できたんですよね?」
ブルーノは口を開けたまま固まる。僕はエルヴィスに向き直る。
「第二八一号の処理を止めるよう、通知書を作成してください。第三皇子宮は受領していないことと、この報告の控えを監査局で確認したこと。原本は書き直さず、そのまま保存するように」
「かしこまりました」
エスメラルダが詰所にいる宮廷衛士を呼んだ。僕は金貨箱と報告書を見せ説明した。会計室への連絡も、詰所を通じて行うことにした。
「ブルーノさんには、衛士のもとで詳しく事情を話していただきます」
「私は、決められたとおりに処理をしただけでございます」
「では、誰がそう決めたのか教えてください」
ブルーノは唇を結び、衛士に促され廊下へ出た。階段を降りる靴音が徐々に遠ざかり、僕はようやく肩の力を抜いた。




