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第五十八話:嫌な予感

 監査局の机には、裁定写しの束が広げたままになっていた。


 その一番上には、昨夜エルヴィスが控えた、夜会参加者の名前が書かれた紙が置かれている。


 宰相ワイドアウト。カルカウディア商業連邦の通商外交官ルシルギル・マルベル。帝国一の資産家トゥクナルハ家の次男タイザン・トゥクナルハ。そしてムーンライズ商会の後継スパイク・ムーンライズ。


 気になる人物らの名前に、どうしても視線を奪われる。どの名も豪華絢爛な礼装と笑顔の奥に、それぞれもう一つ別の帳簿を隠し持っているように思えた。


 ルーカスはその紙を一瞥すると、すぐに視線を外した。一方レオンはそれを堂々と覗き込む。途中でルーカスがレオンの頭を叩く。喧嘩が始まる。


 僕は写しの束をかき集め、一つにまとめ直す。その中の一枚に、視線が留まる。


【黒樺材木商会 帝室取引停止、資産差押え、返納命令】


 市街地の掲示板で見た裁定だ。罰は書いてある。取引停止、資産差押え、返納命令。だが、返納先が書かれていない。


 罰を見て、溜飲は下がる。だがその罰の中の一つ、返納の、その返し先が不明なのが気持ち悪い。前世でもそうだった。処分の稟議は何人もの目を通り回覧されるが、その回収した金がどこに落ちたのかまで確かめる人は少ない。


 普通なら戻されるべき場所に戻されるべきだが、そうならなかった場合が問題だ。なぜならそれは、なんらかの意志で戻し先が変えられているからだ。そしてそのなんらかの意志は、往々にして悪意を伴っている。


「エルヴィス」


 僕は奥で立ったまま作業していたエルヴィスに声をかける。


「返納金の戻し先って、どう決めてるんでしたっけ?」

「へ、返納金でございますか?」


 エルヴィスの様子がおかしい。だがすぐにその理由に気がついた。皇子が三人もいるのだ。先ほどから、ちらちらとこちらの様子を窺っていたのだが、おそらくは挨拶するタイミングをはかっていたのかもしれない。


「エルヴィスさん、おはようございます。僕らは兄上についてきただけです。どうぞお気になさらず」


 ルーカスがそう言い、レオンが笑顔を向けるとエルヴィスは深々と頭を下げ、息を吐いた。


「えーと、返納先ですが、原則として、払いすぎた元の費目へ戻します。橋の補修費なら橋の補修費に、軍糧費なら軍糧費に、という具合ですね」

「そこはいいんです。戻し先が一つに決まらない時、どう処理してますか?」


 複数の費目にまたがった不正や、年度をまたいだ過払いを、この国ではどう処理しているのかが知りたかった。このような場合、前世でも綺麗に一対一で返金対応できる場合の方が少なかった。


「そのような場合は一旦特別調整金として預かり、内訳を調べてから振り分けます。今回のように複数の役所が関係するものは、帝国宰相府が取りまとめると思います」

「国庫を管理するのは財務殿ですよね?」

「はい。ですが、役所同士で話がつかない金に関しては、宰相府が調整しています」


 なるほど。制度としては分かる。

 分かるのだが、預かったあとでどう処理するのかは、確かめておきたい。


「では、僕が調査した案件が今どのように処理されているのか、宰相府に照会してもらえますか?」

「かしこまりました」


 エルヴィスとの会話の最中、ガラガラと廊下の方から車輪が軋む音が聞こえた。その音が止まったかと思うと、扉がノックされる。


「失礼いたします。第三皇子殿下は、おられますでしょうか」


 エスメラルダが扉を開けると、書類鞄を抱えた男が立っていた。胸には会計室の役職章がついている。


 僕が手を挙げようとした瞬間、その男の肩越しにもう一人の顔が見えた。


「ややっ! これはこれは殿下! 昨夜はどうも!」


 大きな声と、ギンギンに見開いた瞳。第一皇子の婚約者の兄、タイザン・トゥクナルハだった。


     ◇ ◇ ◇


 僕が廊下に出ると、二人の運搬人が台車を押してきた。載っている黒塗りの箱には鉄鎖が巻かれ、蓋と胴をまたぐように赤い封蝋が押されていた。見るからに厳重な箱だった。


「失礼します」


 運搬人が台車を押して監査室に入ろうとする。


「そこで止めてください」


 エスメラルダが扉の前に仁王立ちした。台車は彼女の前で止まった。


「これは何ですか?」


 エスメラルダがそう尋ねると、書類鞄の男が僕たちに深々と頭を下げた。


「申し遅れました。私、帝国宰相府会計室会計官のジョージ・ブルーノと申します」


 男は胸の役職章に手を添えた。


「私どもは各商会から返納された金を集め、元の予算に戻す手続きを担当しております。本日は、その返納金をお届けに参りました」

「返納金?」

「こちらは第三皇子宮への過年度支出補填分、金貨六千八百枚になります」

「過年度支出補填?」

「以前、帝国の費用を第三皇子宮が立て替えておられましたので、その分を返納する金でございます」


 僕は男から黒塗りの箱に視線を移した。金の行方を調べようとしたら、金の方からやってきた。


 僕は、嫌な予感を覚えた。

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― 新着の感想 ―
自分たちの横領がばれないように隠れ蓑に使っていた第3皇子を第1王子に処理させたのがゲーム本編だろうからなぁ…そりゃここまで色々と逆襲受けたらとっとと始末したがる。嫌な予感どころじゃない!
なんでそんなにヴェルヘルムを退場させたいんだろう お母さんの実家が弱いから先に潰しとこうとかあるのか?
せっかく遠ざけた処刑台が、台車に載せられて再配達、戻ってきましたね。 蜥蜴の尻尾切りならぬ、蜥蜴の尻尾押しつけ狙いでしょうか。 7を挟んだ数字というのも、また……
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