第五十七話:ヴィルヘルム兄上〜
ルーカスとレオンの背後に、背の低い老人と老婆が連なる。老人は真っ黒い外套に身を包み、老婆は異国の赤茶色の着物のようなものを身に纏っていた。
話し込んでいたルーカスとレオンが僕に気づき、その小さな体で大きく手を振り、僕に向かって駆け出した。
「ヴィルヘルム兄上〜」
「おはようございます。珍しいですね、朝からこんな場所で会うなんて」
「朝からお邪魔して申し訳ございません。お届け物がありまして」
「お届け物?」
ルーカスが肩から下げた鞄を漁り、中から小さな布包みを取り出し僕に差し出した。開くと、銀の留め具が一つ入っていた。僕の礼服についていた、袖口の飾り紐を留めていたものだ。
「昨日、大広間の柱の陰に落ちてました。第三皇子宮の獅子の紋が入っていたので、兄上の落とし物かと思って」
「ありがとう。ちょうど今朝、無くなったことに気づいて探してたんだよ」
僕がそう言うと、ルーカスとレオンはお互いの顔を見合わせ微笑みあった。
「ほらね。やっぱり、兄上のことだから探していると思ったんだ」
レオンが言った。
「この飾り一つで、兄上がその場にいた証明になるからね。兄上をハメようとしてる輩からしたら、この上ない便利アイテムだ」
「本当、助かったよ。けど、わざわざ二人で来なくても、使いを出してくれれば取りに行ったのに」
「いえ。僕が昨日発見したので、本当は僕だけで届けに行こうと思ってたんですけど、それを言ったらレオンが僕も行きたい行きたいって、聞かなくて」
「そんなこと、言ってないだろ」
レオンが即座に返す。
「どっちみち僕は、午後から財務殿に用があったから」
「昨日、ヴィルヘルム兄上と夜会で話しして、遠い目で『もっと兄上とお話ししたい〜』って言ってたのは、どこの誰だっけ?」
ルーカスが言うと、レオンが顔を赤らめた。
「そんなこと、言ってないだろ」
「いーや、言ったね」
「言ってない! 言ってない!」
僕の目の前で双子が小さないざこざを始めた。僕がため息を吐きながら見つめていると、隣に立つエスメラルダが石畳に片膝をつき、頭を下げた。
「ご無沙汰しております。ご老公。ヒビキ様」
エスメラルダの声はいつもに比べ、硬かった。
「ワシらに敬意を表してどうする。その分、皇子らを敬えよ」
双子の背後に立つ老人が言った。老婆は静かに笑っている。エスメラルダの緊張が、僕にも伝わってきた。
「あの、その、後ろの方々は?」
「僕の護衛騎士のグレさん」
「僕の護衛騎士のヒビキさん」
僕が尋ねると、ルーカスとレオンが同時に答えた。
「グレゴリオス・ヨア卿と、ヒビキ・ヤオトメ卿です。グレゴリオス卿は先々代の帝国騎士団長で、私の父に剣を教えたお方です。ヤオトメ卿は居合の達人で、五十年前の大戦の英雄と呼ばれた剣豪です」
エスメラルダが膝をついた姿勢のまま言った。
先々代の騎士団長と、英雄と呼ばれた剣豪。そんな二人が幼い二人の護衛騎士とは。いや、皇子が幼いからこその少数精鋭、一騎当千の護衛が充てがわれているのだろう。
「昨夜の大広間ではお見かけしませんでしたが」
不意に、頭にわいた疑問が口から漏れた。老人が優しい視線で僕を見つめた。
「あの広間では、帯刀は許可されておりませんゆえ。剣を持たぬ我らなど、ただの老人、祝宴の邪魔になるだけでございます。ですので、我らは昨夜、外で待機しておりました。賊がくるとしても、外からでしょうから」
「それに、晴れの舞台でございます。殺気が身に染み付いた我々がいては、興が削がれてしまいましょう」
なるほど。二人は外で護衛していたと言うことか。
「エスメラルダ。気づいていましたか?」
「はい。並々ならぬ実力者の気配は。ただ、こちらに敵意は感じなかったので、確かめてはいませんでしたが」
気づいてはいたのか。
「エスメラルダ。立ちなさい」
ヒビキが言うと、エスメラルダが即座に立ち上がる。
「護衛がそんな弱腰でどうしますか。今、この瞬間に賊が襲ってきたらどうするつもりじゃった?」
「お二人がいるので、そのような心配は無用かと」
エスメラルダが即答すると、ヒビキとグレゴリオスがお互いに顔を合わせ、大声で笑った。
「こりゃ一本取られたわい」
グレゴリオスはそう言いながら、高らかに笑った。
「ねえ、兄上。今から監査局に行くんだよね」
何事もなかったように、ルーカスが僕の顔を見上げて言った。
「ええ。書類の確認があるので」
「僕らもついていっていい?」
レオンが割り込んだ。
「レオン」
「北棟三階、元資料室だよね。監査局って」
「詳しいね」
「宮廷の図面を見るのが好きなんだ」
変わった趣味だ。とは声に出して言えなかった。僕だってそれに似た趣味を山ほど抱えている。
「ねえ。見に行っていい?」
「おい、レオン。いきなり失礼だぞ」
「見るだけだったらいいよ」
僕がそう答えると、レオンの顔がぱっと明るくなる。
「やった」
「え? いいんですか? じゃあ僕も」
「なんだよルーカス、お前も行きたかったんじゃないか」
「うるさい。お前一人で行かせると、兄上が困るからだ」
ルーカスの言い方が急に兄の威厳を帯びた。
「散らかってるから、ちょっと片付ける時間をください」
見せてはいけないものがないか、確認しないと。
「大丈夫です。なんだったら僕がやりますよ。整理整頓は得意なんで」
「レオン」
ルーカスがレオンを嗜める。仲がいい双子だ。
対等に語り合える相棒が、すこし羨ましいと思った。




