第五十三話:説教してるのよ
「ひょっとして、アナスタシアさんの……」
僕がそう言うと、タイザンが口角を大きく上げた。
「愚妹がお世話になっております。ご挨拶は済んでますでしょうか?」
「はい。先ほどお話しさせていただきました。綺麗な方ですよね」
「いえいえ。ああ見えて子供の頃は近所の悪ガキらを束ねたガキ大将でして。本性がルドルフ第一皇子にバレやしないかと、いつもヒヤヒヤしております」
タイザンは上座にいるアナスタシアを一瞥したあと、豪快に笑った。
「何かご所望の品があれば、何なりと私にお申し付けください。次男坊で後継ではありませんが、それでもトゥクナルハの一族です。殿下のためとあらば、東方ジパングに住まう火鼠の皮衣でも必ずや用意いたします」
「いやあ、鼠は苦手です」
僕がそう言うと、タイザンは一瞬目を見開き、それからまたガハハと大きな声で笑った。身なりはいいのに、声がでかく粗暴だ。だが憎めない。
「ヴィルヘルム第三皇子が監査局で監査している間は、この国は安泰でしょうね。いや、安泰どころではない。不正を暴くことで悪が滅し、より国が栄える。ルドルフ第一皇子もよい弟君を持たれた。ご兄弟が力を合わせれば、この大陸統一も夢ではないでしょうな!」
「相変わらず、トゥクナルハは声も言うことがデカいっすねぇ」
タイザンの笑い声を遮るように、よく通る高い声が聞こえた。声の主は栗色の髪を後ろで束ね、黄色い目立つ色の上着を着ていた。貴族ほど硬くなく、職人筋ほど実務的ではない。
豪快に笑っていたタイザンの目つきが変わる。黄色い上着の男は僕の前に立つと、深々と頭を下げた。
「第三皇子殿下、初めまして。私、スパイク・ムーンライズと申します。以後お見知り置きを」
「スパイク・ムーンライズ……」
ムーンライズと聞いてハッとした。
「いやあ、先日はうちのモンが何やら殿下たちにご迷惑をお掛けしたみたいで。本当に申し訳なかったっす」
スパイク・ムーンライズはそう言って頭を掻きながら笑った。謝罪が軽い。
「トゥクナルハほどじゃないすけど、うちも鉱材やら牧場やら運送やらをやらしてもらってまして、ちょうど人が増えたタイミングで、管理の目が行き届いてないとこで不祥事起こしちゃったみたいで。以後こんな不祥事が起きないようにキツく締め直してるところなんで、これからもどうかよろしくお願いしますね」
スパイクは悪びれずに言った。タイザンの濃い眉毛が動く。
「ムーンライズは、まず信用を取り戻すことが先なのでは?」
「もちろんです。だからこそ、何かあったらトゥクナルハじゃなくうちをご指名ください。失った信用を取り戻すべく、精一杯頑張りますんで」
「話にならんな。だったら最初から、信用がある方に頼む方が、この帝国のためになる」
「信用あっても高いじゃないですか、トゥクナルハって。相見積もりとってください。絶対にうちの方が安い自信がありますんで」
二人は笑ったまま、互いに一歩も譲らない。
どちらも声は穏やかだった。だが、会話の中身は柔らかくない。トゥクナルハは信用を売り、ムーンライズは小回りと安さを売る。どちらも帝国の金に群がっているように見えた。
「第三皇子殿下は、どちらをお好みで?」
スパイクが僕を見つめて言った。
「そうですね。僕は安い高いよりもまず、商品の品質を見ます。本物を扱ってるかどうか」
「なるほど。厳しいっすね」
「普通ですよ」
「その普通の観念が、人によって違うんですよねー」
スパイクは笑顔のままそう答えた。冗談めかしている。ルシルギルとは別の意味で、掴みどころのない男だ。
アナスタシアに呼ばれたタイザンが去ると、スパイクも別の商人に呼ばれて離れていった。
「商人というのは、騒々しいものですね」
僕はどっと疲れが湧いて、壁に寄りかかる。カリナが果実水の入った杯を持ってきてくれたので、一気に飲み干す。
「商売敵だから、余計に熱くなっていたのですかね」
「あの二人、以前宮廷で見かけた時は、仲良さげに談笑してましたよ」
「え? そうなんですか?」
「はい、つい昨日です」
カリナが嘘をつくとは思えない。この帝国で一、二を争う商会同士、揉めることもあれば手を取り合うこともあるということなのだろうか。
何のために?
考えると、頭が痛くなる。
僕は、胸の内側に入れたエリーゼの手紙に手を当てる。
帰りたい。ものすごく帰りたい。
もう帰ろう。
「ヴィルヘルム」
僕が帰宅を決意した直後、肩を叩かれた。背後から名を呼ばれ、振り返ると、扇で口元を隠してるマチルダが立っていた。
「姉上、驚かさないでください」
「何よ。ちょっと肩を叩いただけじゃない。それとも何? もう帰るつもりだった?」
図星すぎて、ぐうの音もでない。
「今日はありがとうね、来てくれて。あなたいつも愛想悪いから、私、嫌われてると思ってた」
「そんなことないです。面倒くさかっただけです」
「まあ、正直に言ってくれてるから許すけど、これからは皇子としての自覚をちゃんと持って、こういう場にも積極的に顔を出すこと。いい?」
「なんか、説教じみてますね」
「説教してるのよ」
扇の陰で、マチルダの目だけは笑っていなかった。
背後の気配で、エスメラルダとカリナが笑いを堪えているのがわかった。




