第五十二話:お噂はかねがね②
「第三皇子殿下。お噂はかねがね」
カルカウディア商業連邦の外交官ルシルギルは、僕と向き合うと両手を差し出した。
「どんな噂ですか」
無視することもできず僕も両手を差し出し、がっちりと握手をする形になる。
「宮廷の帳簿を見て悪人を裁き、市井の人々に水を振る舞う」
ルシルギルが言った。間違ってもいないので、否定もできずただ愛想笑いをする。
「僕の噂が国境を越えた、ってことですか?」
「勧善懲悪の物語は、古今東西で需要がありますゆえ」
僕はルシルギルの表情を読む。細目で笑っているため、何を考えているのか理解が難しい。お世辞なのか嘲笑なのか、裏があるのかないのか。
楽師が奏でる音楽のテンポが変わった。広間の中央が拓けたかと思うと、テンポのいい音楽に合わせ、男女が踊り始めた。人の波に押し出される形で、僕たちも移動を余儀なくされる。
「それでは、またお目にかかる日を」
ルシルギルたちはそう言って深々と頭を下げ、その場を去った。
「妙な男ですね」
ずっと後ろに控えていたエスメラルダが言った。
「掴みどころがないです」
そう言いながら、ルシルギルの背中を目で追っていると、宰相ワイドアウトの前で立ち止まり、話し始めた。ワイドアウトがルシルギルの二の腕をポンポンと叩き、二人の短い会話は終わった。
「知り合い、でしょうか」
カリナが言った。
「少なくとも、初対面ではなさそうですね」
僕がそう言うと、
「こういうちょっとした人間関係もわかるから、夜会はできるだけ参加しておいた方がいい。まあ、国の宰相と外交官が顔見知りなのは至極当然のことではあるけどね」
と、ユリウスが言った。
「確かに、国は一人では回りませんからね」
僕の言葉に、エスメラルダとカリナが目を丸くする。
「何ですか」
「いえ」
エスメラルダがカリナに目配せをする。
「一人で何でも解決される殿下が、そのようなことを言われるのは意外でして」
エスメラルダが言った。
「そう思われてる方が意外です」
僕は素直にそう言った。
「あなたたちがいないと、僕は何もできませんよ」
僕の言葉にエスメラルダとカリナはお互いに顔を合わせ、二人ともゆっくりと頷いた。
◇ ◇ ◇
広間の中央では、軽快な音楽と共に着飾った令嬢令息らが舞踏を楽しんでいた。
「殿下は踊らなくてよろしいのですか?」
カリナが言った。視線の先には第二皇子ユリウスが、どこで見つけたのかどこかの令嬢と楽しげにダンスを踊っている。
「踊り方を知りません」
事実だった。それに、今僕があの中央で踊るとなると、この広間に集まるすべての人々の注目を浴びそうで怖い。こういう時は壁際にそっと寄って、やり過ごしておくのが吉だ。
「必要ならお教えすることは可能ですが」
エスメラルダが右手を前に差し出した。その所作は騎士のそれではなく、中央で踊るどの貴族よりも洗練されているように見えた。
「幼少の頃より、騎士の嗜みとして叩き込まれておりましたので」
そう言われると、皇族である僕の立つ瀬がない。僕も幼少の頃から、公の場で必要だということで踊りの講師がついていたのだが、あれこれと理由をつけてまともに習っていない。
それ以前に、いくら護衛用の礼装を着た騎士とはいえ、女性にダンスを求められているのだ。断るのも無礼だろう。だが、踊れない。
「誰にでも、初めてはございますよ」
思考が停止していた僕の背中を押したのは、カリナだった。
「エリーゼ様もお年頃です。これから、このような夜会に出席されることもございましょう。殿下が踊り方を教えてあげられると、エリーゼ様も喜ばれるのではないでしょうか」
さすが第三侍女室長。僕を乗せるのが上手い。確かに、僕が踊り方を覚えて、エリーゼに教えたら彼女は喜ぶに違いない。
そう思い僕が手を伸ばしかけたところで、「第三皇子殿下じゃありませんか!」と大きな声で呼びかけられた。
振り返ると、姿勢と体格のいい男が真っ白い歯を輝かせて微笑んでいた。着飾っているわけではない。宝石の類は最低限、だが身につけているもの一つ一つの質の高さが、素人目に見てもわかった。
「はじめまして。タイザン・トゥクナルハと申します!」
トゥクナルハと聞いて、その身なりの良さに合点がいった。本当の金持ちは、金持ちに見せないために金を使う。
タイザンが握手を求めたのでそれに応える。
「いやあ、嬉しいです。殿下ともうすぐ家族になれるなんて」
「家族?」
そうタイザンに言われ、ピンときた。




