第五十一話:黒幕の正体見たりヴィルヘルム
「人だかりが出来てたから、絶世の美女でもいるのかと思って来てみたら」
髪を後ろで緩く結んだユリウスが、ため息まじりに言った。相変わらず、夜会の場がよく似合う。どんなに高級な衣装で着飾っても、この兄の笑顔の前では何の価値も見出せない。それくらい、彼には貴族の社交場が合っていた。手には葡萄酒が入った杯を持っていた。その背後には、護衛騎士ノアが周囲を警戒しながら立っていた。
「兄上」
「本当に君は人の耳目を集めるね。何だろう。もう、才能だよね」
「そんな才能ならいりません」
「じゃあ僕におくれよ」
「すでに兄上は僕の上位互換ですよ」
「上位互換? なんだい、それは」
つい前世の言葉が出てしまい、僕は口をつぐむ。ユリウスは軽く笑い、僕の顔を覗き込んだ。
「どうした? 何だか疲れているね」
「先ほど、宰相と話をしました」
僕がそう言うと、ユリウスの顔つきが変わる。
「ほぉ。それはそれは。どうだった?」
「どうだった、って?」
「君の目からみて、宰相ワイドアウトはどう映った?」
「どうもこうも、一国の宰相ですからね。少し話しただけでは、底が知れませんでした」
ユリウスがニコリと笑った。
「何がおかしいんですか?」
「それがわかっただけでも、大したもんだ。わからないものはわからない。それでいい。判断を誤るよりは」
ユリウスが手に持った杯を傾けた。それから、周囲を見渡す。
「人は、得体の知れないものを何とか理解しようとする。わからないことをわからないままにしておくことを、普通の人間は嫌がるんだ。だってそれは、恐怖につながるからね」
「どういうことですか?」
「幽霊はなぜ怖いと思う?」
ユリウスの突然の問いに、僕とカリナは顔を見合わせる。二人が黙ったままでいると、ユリウスが続けた。
「答えは至ってシンプル、得体が知れないからだ。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』って言うだろう? 今の君がそうだ。『黒幕の正体見たりヴィルヘルム』。そう決めつけた方が、実は怖くない。一番怖いのは」
ユリウスがまた、杯を傾けた。今度は一気に飲み干した。
「存在がわからない黒幕だ」
「存在がわからない、黒幕」
僕はユリウスの言葉をそのまま復唱する。それはまさに、今、僕が探しているものだった。
「怖がる必要はない。大事なのは、恐怖の奥にあるものを見つけることだ」
恐怖。それは僕にとって、処刑台そのものだ。その奥にあるもの。
それは一体、何なんだろう。
ふと、エスメラルダが広間の奥に視線を移した。ユリウスの背後にいるノアも、同じ方を向いていた。視線の先に、三人組の男たちがいた。男たちは絹の羽衣を纏い、頭にはターバンを巻いている。明らかにこの国の人間ではなかった。中央の男が手を挙げながら、こちらに寄ってくる。
「知り合いですか?」
「いえ。初顔ですね」
エスメラルダの問いに、ノアが短く答える。
「安全、でしょうか?」
「武器の携帯は許可されていません」
「ですが」
「ええ。殺気を飛ばしてきましたね」
エスメラルダとノアの会話が物騒だった。ターバンの男たちは僕たちの前に来ると、全員が跪いた。
「お初にお目にかかります。第二皇子ユリウス殿下、第三皇子ヴィルヘルム殿下とお見受けいたします」
中央のターバンの男が深々と頭を下げた。
「顔を上げてください」
ユリウスが、ターバンの男らを見下ろしながら言った。だが、ターバンの男たちは顔を上げない。
「顔を上げてください。祝いの場ですので」
ユリウスが繰り返すと、中央にいたターバンの男が顔を上げ、立ち上がる。それに続いて他の二人も立ち上がった。
「初めまして。カルカウディア商業連邦より、通商外交官として着任しております、ルシルギル・マルベルと申します。こちらの二人は部下のチョウとカイです」
チョウとカイと紹介された二人は、深々と頭を下げた。ルシルギルはニコリと微笑むと、目尻の上がった細い目で僕たちを見つめた。
「どこかでお会いしたこと、ありましたっけ?」
ユリウスがルシルギルに対して言った。
「いえ、お初にお目にかかります」
ルシルギルは深々と頭を下げた。ユリウスは小刻みに頷きながら、ルシルギルを観察している。
「他人の空似でした。以後、よろしくお願いいたします」
ユリウスが右手を差し出した。ルシルギルはそれを両手で迎えた。ヴン、という音がして、青白い光が二人の手に宿る。
「これはまた、お戯れを」
「ルシルギルさん、でしたっけ? あなた、相当強い魔力をお持ちで」
二人は握手をしたまま固まっていた。二人の周りは、魔力を帯びた青いオーラで薄く光っている。
「ノア卿」
僕が言うと、ノアがゆっくりと頷いた。
「大丈夫です。二人とも、悪意はありません。ただの挨拶です」
「ただの挨拶?」
これが?
「魔力の共鳴です。お互いに少量の魔力を出し合い、それに応え続ける。見た目ほど危険ではありません」
青いオーラは目を凝らしてようやく見える程度で、はたから見たら皇族と外交官が固い握手を交わしているようにしか見えない。そのうち、徐々に青いオーラが薄くなる。
「失礼。魔力を感じたので、ちょっと試させてもらいました」
「驚きました。アウウェスタ流の挨拶だったので」
ユリウスの言葉に、ルシルギルは両手を閉じたり広げたりしながら答えた。
アウウェスタとは、ここヴェルグガルド帝国の西に位置する、魔法大国として知られる隣国だ。
「よく知ってますね。アウウェスタの挨拶を」
ユリウスが言った。
「外交官として、この大陸にある国の風習は全て把握しております。とはいえ、突然で驚きました。まだちょっと、手が痺れています」
そう言いながらも、ルシルギルは先ほどと変わらぬ笑顔だ。
「殿下のほうこそ、よくご存知で」
ルシルギルが言った。
「なあに、許嫁がアウウェスタにいるものでね」
ユリウスが言った。
「え」
僕とエスメラルダ、カリナが同時に声を上げた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
僕は首を振る。
「初耳です」
「といっても、僕もまだ会ったことがないんだけど」
「そうなんですか?」
「あ、ひょっとしたら内緒だったかも。外交的な意味で。ごめん、今の忘れて」
そう言うとユリウスは申し訳なさそうに両手を合わせる。
「我々外交官にとって、情報は貴重な武器です。他言するつもりはまずございませんが、何卒、今後ともカルカウディア商業連邦をご贔屓に」
ルシルギルの細い目の奥が、怪しく光ったのを僕は見逃さなかった。




