第四十七話:お兄さま、きらきら
「殿下。動かないでくださいませ」
カリナが僕の襟元を整えながら言った。
「動いていませんよ」
「動いています。小刻みに」
「ちょっとくらいはいいでしょう」
黒幕を探し出す。そう決意した翌日の夕方、僕は鏡の前で固まっていた。
「目も動いてますね。せわしなく」
「目は動きますよ。瞬きもするなって言いたいのですか?」
「できる限り」
「なんでそこまで」
「見たくないものから、目を逸らさないようご注意くださいませ」
心の中を見透かされた気がして、僕は自然と姿勢を正す。
「よい姿勢です」
カリナがきゅっと僕のネクタイを締めた。
「ごぇっ」
首が締まり、思わず変な声が漏れる。
僕がカリナに着せられているのは、皇族としての正式な礼服だった。濃紺の上着に銀糸の刺繍、胸元には第三皇子宮の小さな紋章が入っていて、袖口には細い飾り紐まで通されている。見た目は立派だが、着ている本人のテンションは極端に低い。できればベッドの中で寝そべって本を読んでいたい。
机の上には豪勢な刺繍入りの招待状が一枚置かれている。
【結婚披露夜会】
【マチルダ第三皇女殿下】
【グラナルディス教国王弟オブラディン・グラナルディス公】
【於:宮廷大広間】
てっきり先日第二皇子宮で会ったフローラ第二皇女の結婚披露宴かと思ったが違った。風の噂によるとフローラはどうやら婚約破棄になったというが、理由までは知らない。まあ、色々とあったようなのは事実らしいが。
マチルダの方は婚姻証書への署名はすでに済み、今夜は帝国側でのお披露目だという。嫁ぎ先のグラナルディス教国への正式な移動は、もう少し先になるらしい。
身内の祝い事だ。文字面だけなら大変めでたい。
だが僕にとって夜会は、戦場といっても過言ではない。剣で斬りつけられたり銃弾が飛んでくるようなことはないのだが、第三皇子ともなると視線と噂と挨拶が僕の体を目掛けて飛んでくる。以前までの僕は無能だ穀潰しだ何だと言われたい放題だった。だが今の僕は橋を直し、軍糧の不正を暴き、無くなった結界石を探し、死んだはずの馬を見つけた。宮廷で名も知らぬ人らとすれ違うだけでもヒソヒソと何か言われているのだ。多くの人が集まる夜会に参加したら、一体どんな目にあうか。
想像するだけで恐ろしい。
「カリナ、た……」
「できません」
カリナの返事は早い。
「まだ何も言ってないけど」
「言われなくてもわかります」
「じゃあ、僕が何を言おうとしたか、言ってみて」
「『カリナ、たとえばだけど、今日の披露宴を欠席することはできないかな?』でございます」
カリナが僕の声色を真似て言った。悔しいが似ていた。それに、一言一句違わずそう口に出そうと思っていたので驚いた。
僕が何も言えずにいると、扉のそばに立つエスメラルダが真顔で吹き出した。こらえきれていない。
「エスメラルダ。今、笑いましたね?」
「いえ」
「今、確実に笑ってましたよ」
「殿下を笑ったのではありません。カリナが、殿下の口調を真似るのが達者だったので、つい。あと、殿下ならそう思っておられるだろうなと思ったら、我慢できませんでした」
扉がノックされる。音の位置が低かったので、誰が来たのか僕でもわかった。
エスメラルダが扉を開けると、エリーゼが小さな足音を立て入ってきた。今日の夜会には参加できないのは本人もわかっているので、不満そうな顔をしている。連れて行きたいのは山々だが、時間も遅いし、参加者も多いため、七歳児を大人の夜会に連れて行くわけにはいかなかった。
「お兄さま、きらきら」
鏡の前に立つ僕を見上げて、エリーゼが言った。
「きらきらしているのは服だけですよ」
「パーティにいくの?」
「そんなに楽しい場所じゃありませんよ」
「けど、おかしはでるんでしょ?」
行きたいオーラ満々の表情で、エリーゼが言った。彼女はしばらくの間僕を見上げてから、肩から下げているバッグから小さな紙を取り出した。
【お兄さまは、どこにいってもかならずかえってくる】
先日、彼女が僕に宛てて書いてくれたメッセージだ。
「これ、もっていく?」
「ものすごく重いお守りですね」
「いらない?」
いらない、とは言えるわけがない。僕はその紙を丁寧に折りたたむと、内ポケットに入れた。不思議と温かい気持ちになる。
「それじゃあ、行って、帰ってきます」
僕がそう言うと、エリーゼが笑顔で頷いた。




