第四十四話:死罪だってさ
帝都の中央通りは、想像よりもはるかに賑やかだった。
白い石畳の上を馬車がひっきりなしに行き交い、通りの両側にはお菓子屋、仕立て屋、宿屋、宝石商、香油店などが並んでいる。焼き立てのパンの匂いがする。花売りの籠に積まれた大量の花から、甘い香りが鼻腔をくすぐる。街は、人々の活気に溢れていた。
街についてすぐに、市民がよく利用する衣服屋で僕の外套を見繕ってくれた。フード付きの外套だ。
「皇子のお顔は高貴すぎます故、隠しておかないと市民が気づくおそれがございます」
カリナがそう言いながら、僕に外套を手渡す。
冗談か本気なのか意図は不明だったが、少なくともエスメラルダは後ろを向いて背中を揺らしていた。
「お兄さま、なんかいいにおいがする!」
「美味しそうな匂いですね。焼き菓子ですかね」
「歩くとおなかがすくね」
「それは事実です」
カリナが露店の焼き菓子を確認し、油の匂いと職人の手元を見てから、ようやく一つだけ買うことを許した。林檎の焼き菓子だ。エリーゼはそれを半分に割って、僕に大きい方を渡そうとした。
「僕はその小さい方でいいですよ」
「お兄さま、こわいお仕事したから」
「今日はしてませんよ」
「いつもしてるから」
否定できない。僕はエリーゼのその気持ちがうれしく、快くそれを受け取った。
焼き菓子はまだほのかに温かく、口に含むと林檎の甘い匂いが鼻から抜けた。第三皇子宮の茶菓子よりずっと素朴なのだが、これはこれで美味だ。このレベルのものが普通に売られているのなら、帝都も悪くない。
だがそう思ったのは、大通りを歩いている間だけだった。
一本通りを外れると、石畳の色が変わった。白く磨かれた石から、欠けた煉瓦のデコボコ道になる。店の看板は古く色褪せ、水路には濁り泡立った水が流れている。風が吹くと、何かが腐った匂いとすえた匂いがした。
僕の裾を握るエリーゼの力が強くなる。
「なんか、ふんいきかわった」
「そうですね」
暗いというより狭い。見上げると、建物と建物の間に切れ目のような青が見えるだけだった。空が細い。
「帝都にもこういう場所があるんですね」
僕がつぶやくと、カリナが静かに答えた。
「はい。残念ながら、ございます。大通りから見えにくいだけで」
「宮廷の地図には、こんな景色は載りませんね」
「載っているとしても、それは区画と街区名くらいでしょうね」
その時、目先の広場から人々の歓声が聞こえた。
「おまつり?」
エリーゼが首を傾げる。道を進むと、人だかりができていた。
「何か催しでもやってるんですかね」
僕の予想に反して、人々の頭の隙間から見えたのは役所の掲示板だった。木製の掲示板には何枚もの人相書きが貼られていた。顔の下には名前と、何やら文章が書かれている。籠を抱えた女や荷車を引く男、若い職人らが皆顔を寄せ、何やら興奮気味に話し込んでいる。
「これはなんですか?」
エスメラルダが、頭に鉢巻をした職人に尋ねた。
「ああ、軍務殿裁定だってよ」
「軍務殿裁定?」
職人の言葉が気になり、僕も爪先立ちで掲示板をじっと見つめた。
「黒樺材木商会の主人、死罪だってさ」
「あー、北方の橋の材木を偽ったやつか」
「冬前の補給路だぞ。落ちてからじゃ遅いだろ」
「軍糧課長のヤンジも死罪だ。麦の重さをちょろまかしたって」
「橋も兵糧も、北方軍の命綱だからな」
「第一皇子の管轄で、よくそんなことできたな」
「バーランド男爵も処刑だと」
「へー。貴族様でも落ちる時は落ちるもんだな」
「馬を盗んだんだろ? 第一皇子殿下の愛馬を」
「あの第三皇子殿下が見つけたって話だぜ」
「なんでも、種付け馬にする予定だったらしいじゃねえか」
「まじか? 盗んだ馬にそこまでするのか? そりゃ死罪も当然だな」
掲示板前でたむろする人々の声が、否が応でも耳に入る。エリーゼが僕の裾を引っ張る。
「お兄さま。しざいって、なぁに?」
カリナが一瞬だけ目を伏せた。僕もすぐには答えられなかった。ごまかすには掲示板前にいる大人たちの声が大きすぎる。
「とても重い罰です」
「しんじゃうの?」
エリーゼは小さな声で言った。言葉のニュアンスで、なんとなく理解したのだろう。
「はい」
隠してもしょうがない。僕は正直に頷いた。エリーゼは焼き菓子の包みを両手で持ったまま、動かなかった。
「処刑はいつだ? あ、黒樺材木の奴のはもう終わってるのか。あー見逃したー」
「お前、見てねえのか? 見ものだったぜ、最後まで『助けて助けてー』って泣き叫んで」
「おいお前、ここで再現してくれ」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ」
「あー、次は絶対、最前列で見てやる」
掲示板前の人々は皆、生き生きとしていた。公衆の面前で悪人が断罪されることが、このスラム街に住む人々にとって日々の鬱屈を晴らす見世物になっているのだろう。
広場は、人が死ぬ話で浮き足立っていた。それはとても異様な光景だった。
エリーゼが僕の袖を引いた。
「お兄さま、いこ」
「そうですね」
僕たちは掲示板の人だかりから離れる。
だが角を曲がったところで、僕は足を止めた。




