第三十六話:死んでるのに
「確かに死んでますね」
僕は処分記録の頁を指で押さえた。
「ですが……食べていますね、飼葉」
エルヴィスが青い顔でうなずいた。
「はい。食べています。死んでるのに」
「念のために聞きますけど、これは本物の控えですよね?」
「はい。どちらの台帳も正式な控えです」
エルヴィスがそれぞれの台帳の表紙、そして裏表紙を見せた。監査局の印が押された、公式の書類だった。
「普通の軍馬なら、飼葉は厩舎単位でまとめて管理します」
エルヴィスは再び台帳を開き、その書面の端を押さえた。
「ですがカスケード号は別です。第一皇子殿下の古参軍馬で、由緒正しい血統登録のある種牡馬でもあります。生きて管理されている間は、飼葉や投薬された薬、蹄鉄まで個別に控えが残ります」
「死んだ後もですか?」
「死亡処理と最終精算の控えは残ります。ですが、飼葉代や蹄鉄交換費の新しい記録は増えません。死んでいるので」
エルヴィスが即答した。
まず僕は、北方軍馬用の飼養費台帳を開いた。その中に綴じ込まれていた、カスケード号の特別飼養記録を見る。
【軍馬カスケード号】
【飼養費計上継続】
【特別飼葉、塩舐め石、蹄鉄交換、馬房清掃】
「エルヴィス。計上日は?」
「ええと、処分確認日の後です。こちらから順に、特別飼葉代、馬房清掃費、蹄鉄交換費。これが月ごとに続いています」
そして、別の処分記録に目を通す。
【軍馬カスケード号】
【脚部故障後に馬疫疑いありで隔離】
【隔離確認後に処分済】
【遺骸焼却費・馬房石灰消毒費 支払済】
「隔離日は?」
「こちらの台帳に日付が入っています。今日から数えると、四か月前ですね。処分確認日はその二日後です」
「整理すると、この馬は隔離されて二日で処分されている。だが、その後も飼葉代の支払いが続いている」
僕がため息交じりに言うと、エルヴィスは青い顔のままうなずいた。
「はい」
机の横で、ユリウスが小型結界石の貸出控えから顔を上げた。
「馬疫疑いなら、普通の死亡処理とは違う処理の仕方だろうね」
「どう違うんですか?」
僕が聞くと、ユリウスは貸出控えを指で押さえた。
「他の馬への感染を防ぐために、隔離厩へ入れたあとは厩務員はもちろん所有者でも近づけない。僕のところの結界石も、そういう時に使う」
「遺骸の確認は?」
僕は処分記録の署名欄を見る。
「軍馬医と厩舎長の確認と署名があればそれで進みます」
エルヴィスが、処分記録の下にある署名欄を指した。
「ここに二人の署名があります」
「ということは、所有者本人である兄上が見なくても、処分自体はできるわけですね」
「はい。制度上は」
「確かめられる人間が最初から少ないのですね」
そばに立っていたエスメラルダが言った。エルヴィスは署名欄から指を離さないまま、うなずいた。
「その通りです。見に行けないし、触れられません。現場、現物を確認できないようになっています。ですので、書類だけで処理が進みます」
これ以上、病を広げない仕組みとしては理にかなっている。だが、この仕組みを悪用されると怖い。
「隔離されていた二日分なら、飼葉が出ていてもおかしくありません」
エルヴィスは飼養費台帳へ視線を移した。
「ですが、処分された後も続くのは、明らかにおかしいです」
「しかも特別飼葉だけではありません。馬房清掃費と、蹄鉄交換費まで出ています」
僕がそう言うと、エスメラルダが大きく頷いた。
「死んだ馬の蹄鉄を替える理由は、まずありませんね」
その結果、書類上でカスケード号は処分されたあとも飼葉を食べ、塩を舐め、蹄鉄まで替えていることになっていた。
「なぜこんなことを」
エスメラルダの眉根に皺が寄った。
「まあ、飼葉代の横領ですね」
僕が言うと、エスメラルダがさらに眉を寄せた。
「死んだ馬の名を台帳に残しておいて、毎月の飼葉代を抜く、ということですか?」
「ええ。不正としては小さな額ですが、続けた分だけ確実に儲けにはなります」
「バレると思ってないのですか?」
「こうやって処分記録と飼養費台帳を付け合わせれば気づきますが、そんな面倒なことをする人はいないと踏んだんでしょうね。もしくは」
「どちらかの記録が、嘘をついている」
僕の言葉の先を、ユリウスが続けた。
「はい。どちらも本当であれば、死んだ馬がまだ餌を食べている、ということになりますからね。どちらかにして欲しいものです」
ユリウスは小型結界石の貸出控えを、中指で軽く叩いた。
「昨日、僕、言ったよね? 僕の石の話だけでは終わらない、って」
「当たって欲しくない予感ですが」
「そういうのに限って、よく当たるものだよ」
ユリウスが微笑んだ。うーん、当たってもまったく嬉しくない。




