第三十一話:いじわるされてるの?
「小型結界石というのは、何に使うものですか?」
僕が聞くと、向かいの椅子に座っていた第二皇子ユリウスが、よくぞ質問してくれた、と言わんばかりに嬉しそうに人差し指を立てた。
そもそも、第二皇子がなぜここ、第三皇子宮の監査局にいるのか。
昨日の夕方、彼は「これは僕の管轄だね」と言った。いろいろと第三皇子宮を混乱させたあげく、今朝も当然のように監査局に現れた。しかも、業務開始時間直後に現れた。行動力がある。逆の立場なら、僕はどうしていただろう。行動力がある人間は好きなのだが、こんなに朝早く来なくてもいいだろう。行動が早い人間は好きなのだが、早く来られたら来られたで自分の時間が削られるので困る。
なので僕は早速、昨日からの疑問を彼に当てることにしたのだ。
「小型結界石はね、まあ簡単に言うと、持ち運びできる結界だよ。十二個を円形に置けば、簡易の防護幕が張れる」
「防護幕、というと?」
「そうだね、例えば危険な実験、魔獣の一時拘束、怪我人の隔離とか」
「使い道、多いですね」
「便利だね」
「値段はそこそこしますか?」
有能な道具なのはわかった。問題は価格だ。
「もちろん。かなり値が張る」
そこは濁してほしかった。
ユリウスは銀灰色の髪をゆるく結び、薄い外套を羽織っていた。魔術院の長衣ではなく、いかにも気軽に遊びに来たような格好である。だが、その後ろには護衛のノア・キサラギ卿が無言で立っている。黒い手袋した腕を後ろに構え、部屋の窓と扉、エリーゼが置いた箱庭を順に見ていた。
「兄上。今日の護衛は、ノアさんだけですか?」
第二皇子にはノア卿を含めて五人の精鋭護衛がつく。ならば残り四人も近くにいるはずだが、僕には一人も見えず、思わず尋ねた。
「扉の手前に二人。窓の外に一人」
代わりに答えたのはエスメラルダだった。ユリウスとノアは驚いた様子でエスメラルダを見る。
「あと一人は?」
ユリウスが試すような視線をエスメラルダに向ける。しばらく考えたあと、エスメラルダは視線を上げた。
「上ですね」
ユリウスとノアが顔を合わせる。
ユリウスがニコリと笑った。僕は見上げるも、天井しかない。存在が確認できない他者の護衛ほど、心臓に悪いものはない。少なくとも、僕は気が気でない。
ふらりと遊びに来た人間の護衛配置じゃないだろう。
いつの間にかユリウスは、エリーゼが覗く箱庭の前で片膝をついていた。
「面白そうなことをやってるね」
「はい。楽しいですよ。ユリウスお兄様」
「小さな姫君、これは何かな?」
「こがたけっかいせき、です」
見るとエリーゼが小さくこねた粘土を複数置いていた。理解が早くて驚いたが、それ以上にエリーゼの有能さに舌を巻いた。
「なるほど。じゃあ、これは何を守っているのかな?」
「お兄さまのおへや」
「それは帝国の重要拠点だ」
「じゅうようきょてん?」
「いちばん守らなければならない場所、だね」
「入るには、カリナのきょかがひつようです。もんばんはエスメラルダです」
「なるほど。それは強固な関所だな。僕も守られてみたいよ」
不意に名を出されたカリナとエスメラルダが、お互いに顔を見合わせた。第二皇子の言葉に、どう返していいのか困っている様子だった。そんな二人に、ユリウスは爽やかな笑みを向けた。
「恐れ入ります」
「恐縮です」
カリナとエスメラルダが一礼した。ほんの少し彼女たちの頬が赤くなっているような気がした。何をときめいているんだ、君たちは。
ユリウスの口の軽さに辟易したが、今気にすべきはそこではない。
僕は監査局の机に置かれた貸出控えへ視線を戻した。紙の端には、昨日魔術院でついた白い粉がまだ少し残っていた。
【魔術院備品貸出】
【小型結界石 十二個】
【貸出先 ムーンライズ牧場 試験厩】
欄外には、小さく「貴族院裏分厩」と補記があった。
「うーん」
「どうかしたのかい?」
「ここです。貸出先の名義は『ムーンライズ牧場』になっているのですが、欄外には『貴族院裏分厩』とあります。貴族院は宮廷外郭の南西にあって、第三皇子宮から馬車で二十分ほどの距離です。ここから馬車で一時間かかる帝都西郊にあるムーンライズ本牧場とは」
「まるで場所が違う、ということか」
ユリウスが僕の言葉の先を読んだ。
もう嫌な予感しかしない。
貸出控えには返却印がなかった。返却予定日はすでに十日以上前の日付。この控えだけを見れば、十二個の結界石はまだ戻ってきていない。
貸した物は、戻ってきて初めて貸した物になる。戻ってこなければ、それは紛失というしかない。
「何か来たね」
不意にユリウスが扉の方を見て言った。廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。扉を開けたのはエルヴィスだった。髪が少し乱れ、肩で息をしている。腕には書類を抱えていた。
「殿下。返却台帳の方を調べていたのですが、なんだか妙です」
「妙?」
「貸出控えには返却印がありませんでしたよね。ですが、魔術院備品庫の返却台帳の方ではもう、返却済みになっていました」
「はぁ?」
エルヴィスは机の上に返却台帳の写しを置いた。
【小型結界石 十二個】
【返却済】
【返却者 魔術院用度係ジンマン】
貸出控えでは未返却だったものが、この返却台帳では返却済みになっていた。返却日は今日から数えて三日前だ。
「どうみる?」
ユリウスが写しを見ながら、僕に尋ねた。
「そうですね。どちらかの記録が、嘘をついています」
僕の応えに、ユリウスは無表情で頷いた。
「お兄さま、石、かえってきたの?」
エリーゼが尋ねた。
「一方では返ってきてなくて、一方では返ってきてることになってる」
僕の返答に、エリーゼは首を傾げる。
「どっちなの? いじわるされてるの?」
僕も同じ感想を持った。




