第二十九話:だれがうそつきなの?
【白線用魔石粉】
【暴走魔力吸収用】
【納品時、封印見本を一包提出】
【月次補充 五十袋】
「支出予定表と同じく、月に五十袋」
「はい。魔術院の安全に関わるものですので」
「白晶魔石っていうのは?」
僕が尋ねるとユリウスが白線の外で膝をつき、床に残った粉を手袋の指先でつまんだ。
「砕くと白くなる魔石だ。いいところは、粉にすると白線が引けるし魔力を吸う。悪いところは、少しお高い」
「お高い」
「そう。君が嫌そうな顔をするくらいには、ね」
「すでになってます」
ジンマン会計官の顔が徐々に白くなっていく。
エリーゼが白線の外側でしゃがんだ。エスメラルダがすぐ隣で膝をついた。
「エリーゼ様、触れてはいけません」
「さわってない」
妹は白線をじっと見た。
それから、小さな靴の先を白線の近くに置いた。
「お兄さま」
「踏んではいけませんよ」
「ふんでない。けどここ、もううすいよ」
確かに、線の一部がかすれていた。
先ほど引き直したばかりなのに、誰かの靴先が引っかかってしまったのか、黒い床の上にはもう白い粉が散っていた。
「毎日引き直してますか?」
僕が尋ねると、近くにいた魔術院の用度係がうなずいた。
「はい。朝と、演習後に一度」
「一日に二度」
「ええ。雨の日は外庭演習が中止になるので、演武場を多く使います。高実力者の演武であれば、都度引き直すこともあります。多い時は日に七、八回引く日も」
毎日消えて、毎日引く。使ったあとも引く。消耗品だ。
消耗品に魔石粉だの魔力吸収だのという言葉を乗せると、急に値段が高価になる。前世でも見た。普通の椅子に「エグゼクティブ」「プレミアム」とつけると格段に値が上がる。普通の会議に「戦略」とつけると時間が伸びるように。
「倉庫を見せてください」
ジンマン会計官の指が仕様書の端を握り潰したのを、僕は見逃さなかった。
魔術院倉庫は、演武場の裏にあった。
扉を開けると、白い袋が積まれている。袋の口は全て紐で縛られ、側面には『ムーンライズ鉱材商会』の焼き印があった。
ムーンライズ。
初めて見る名前だった。いや、正確には支出表に記載してあっただろうが、そこまで意識して見ていなかった。袋の焼き印が妙に新しい。
「今月納入分は五十袋でしたね」
「は、はい」
僕は袋を数えた。
「五十袋、ちゃんとありますね」
「当然でございます。納品書どおりでございますので」
ジンマン会計官が、少しだけ息を吹き返して言った。
数は合っている。だから厄介だった。
エルヴィスが、僕の横で納品控えをめくる。
「殿下。納品書上は五十袋、全て検収印ありです」
「検収者は?」
「ええと、魔術院用度係ジンマン会計官、とあります」
本人だった。
数が合っていて、印もある。ここで文句をつければ、こちらが難癖をつけているように見えるだろう。
「封印見本を見せてください」
僕が言うと、ジンマン会計官の肩がぴくりと動いた。
「封印見本、でございますか?」
「仕様書にありました。高額な魔術材料は、納品時に見本を一包封じて残す決まりなのでしょう?」
「あれは、検収時に確認するためのものでして……」
「確認したのなら、残ってますよね?」
残っていなければ、それはそれで問題だ。ユリウスが楽しそうに目を細めた。
「いいね。魔術師は使った後の粉で揉める。経理は使う前の粉を見る、ということか」
「あとで揉めたくないだけです」
ジンマン会計官は、奥の棚から小さな箱を持ってきた。
箱の中には、青銀色の封蝋がついた紙包みが一つ入っていた。封蝋には魔術院の印と、ムーンライズ鉱材商会の印が並んでいた。
僕は封蝋をエルヴィスに確認させ、記録を取ってから開封した。
見本の粉は白かった。
ただ、倉庫の袋に入っている白い粉とは白さが少し違って見えた。こちらは光を含んだ白で、質感が粉砂糖というよりは薄く砕いた真珠に近い。
「兄上、この見本に魔力を込めていただけますか?」
「もちろん」
ユリウスが指先から針のような細い青い魔力を落とした。見本の粉は青い光を吸い、数秒だけ淡く光って消えた。
「これが本物の反応だ」
次に、未開封の袋を三つ選んだ。入口側、中央、倉庫の奥。どれもまだ紐に封蝋が残っている袋だ。僕は袋の番号を読み上げ、エルヴィスが控えに記録する。
一袋目の封を切ると、中から同じように白い粉が出てきた。だが、ユリウスの魔力を落としても、粉は一瞬だけ表面を光らせただけで、すぐにばらりと散った。
二袋目も、三袋目も同じだった。
魔力を吸っていない。ただ反射しただけだ。
「こうして比べてみると、一目瞭然だね。これは、白晶魔石粉ではない」
ユリウスの声から、笑いが消えた。
「まったく入っていないのですか?」
「いや、反応があるから、少しは混ぜてある。だが見本の三割にも満たないだろうね。おそらくは白い砕石粉に、魔石粉を薄く混ぜただけだ」
ジンマン会計官が後ずさった。
「し、しかし、白晶魔石粉は白砕石粉より比重が重く、輸送中に魔石粉が袋の底に寄ることがあります。今お調べになったのは上の粉ですから、反応が薄く見えただけではないでしょうか?」
「なるほど。では均等にしましょう」
僕が即答したので、ジンマン会計官の口元がそこで固まった。こう言う場合、相手の要望を聞く方が早い場合がある。
「エルヴィス、開封箇所を記録してください。エスメラルダ、袋を振ってもらえませんか?」
「はい」
エスメラルダが袋を両手で抱え、ためらいもなくそれを上下にわさわさと振った。しこたま振ったあと、袋を横に置き、ナイフで縦に開けた。用意してもらった銀の匙で上、中央、底の粉をすくい、それぞれを床に置いた。
「お願いします」
ユリウスがそれぞれの粉に細い魔力を落とした。
結果は、上の粉も中央の粉も底の粉も、反応はほとんど変わらなかった。全て表面がかすかに光り、すぐに散っただけだ。
「偏っているなら、どこかは強く反応するだろうが、全て弱いね」
ユリウスの声は静かだった。
「これは、袋全体が薄いということだ」
混ざり方の偏り、という逃げ道も塞がった。
「一つずつ置きます」
僕は仕様書、納品書、封印見本、未開封袋を机の上に順に並べた。
「契約では、納品物は白晶魔石粉三割以上の白線用魔石粉です。封印見本は本物でした。ですが、実際に納品された袋の中身は、安い白砕石粉に魔石粉を少し混ぜたもののようでした。数量は合っています。帳簿上は一見、問題がありません。ですが、納品された商品の等級が違う」
エルヴィスが小さく息を吸った。
「高級な魔石粉として請求し、安い粉を納める。その差額は、この魔石粉を扱っているムーンライズ鉱材商会側に残りますね」
「そうです」
エリーゼが、僕の袖を引いた。
「お兄さま、このせん、うそつきなの?」
「線は嘘をついていません」
「じゃあ、こながわるいの?」
「粉も、たぶん嘘をつくつもりはないですね」
「じゃあ、だれがうそつきなの?」
僕はジンマン会計官を見た。エリーゼも釣られて見る。
エリーゼの曇りのない眼に見つめられた会計官は、ゆっくりと両膝をついた。
「私は、見本を確認して検収印を押せと言われただけで……」
「誰にですか?」
ジンマンは答えなかった。エスメラルダが会計官の前に立つ。
「第三皇子殿下の問いです」
その声は落ち着いていた。その静かさが、逆に彼の逃げ場をなくしていた。




