↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/43

第十四話:北方からの使者

 物資備品管理局で写し取った台帳の中に、エルヴィスが気にしていた一枚があった。


 【北方補給路 オーバールック橋冬季補修材】

 【支出予定額:金貨一万七千七百七十七枚】


 橋は、当たり前だが机ではない。机は多少がたついてもイライラするくらいで済む。いや、それだけでは済まないかもしれないが、少なくとも軍の補給路は止まらない。


 だが橋は違う。落ちれば物資が届かなくなるし、最悪、人が死ぬ。


 エリーゼが机の端で小さな積み木を二つ並べていた。その横には、小さな紙箱がある。紙箱には丸いガレットが二枚入っていた。二つの積み木の上に羽ペンを二本渡し、小さな橋を作っているようだった。


「お兄さま、みてみて」

「今度は何を作ったんですか?」

「はしです」

「橋?」


 エリーゼは真剣な顔でうなずいた。そして、橋の上にガレットを一枚置いた。


 羽ペンは少しだけしなったが、落ちなかった。


「お菓子、わたれた」

「お菓子は歩きませんよ」

「お兄さまにあげます」


 そう言ってエリーゼは、羽ペン橋に乗せたガレットを僕に手渡した。橋を渡った菓子を受け取る兄。どういう儀式なのか分からないが、妹が満足げなのでありがとうと受け取っておく。できればきれいなガレットが欲しかった。


「じゃあ、これは?」


 エリーゼは、机の上の小さな布袋を手に取った。カリナが、持ってきた書類が風で飛ばないよう、重しに使っている砂袋だ。

 エリーゼが袋を慎重に羽ペン橋の上に乗せる。羽ペンはみしみしと悲鳴を上げ、そのまま、ぽきりと折れてしまった。


「あ」

「折れましたね」

「はし、よわい」

「羽ペンですからね。橋にするには、少し細すぎます」


 僕がそう言うと、エリーゼがじっと僕を見た。


「お兄さま、あたまいい」

「まあ一応、兄ですので」

「でもけちなひと」

「倹約家と言いなさい」


 無表情のエスメラルダの肩が少し揺れていた。こいつ、笑ってるな。


 僕は気を取り直し、エルヴィスが手配してくれた紙束に目を戻した。


 書類には北方補給路のオーバールック橋を冬前に補修するため、黒松の補強梁7本、床板70枚、鉄締め具700本を納めるとあった。


 一番気になったのは補強梁だ。契約には「継ぎなし8メートルの木材」とある。途中でつながない、強度の高い一本材だ。


 金貨一万七千七百七十七枚の補修費用。高い買い物だ。高い買い物ほど、きちんとした現物確認が必要になる。そしてこの場合の現物確認とは、現地での確認、つまり、外に出る、ということだ。


 その一点だけで、僕の中ではかなり減点だった。前世でも監査先が本社ビル内ならまだ耐えられた。だが「現場も見てください」と言われた瞬間、工場、倉庫、港、営業所への出張が予定表に加わる。天気ならまだしも、雨、台風、大雪で便が欠航などしょっちゅうだった。だが、大抵、出張先での確認で帳簿と違う場合が多々あるため、蔑ろにできない。


 不意にエスメラルダが扉の方を見た。


「殿下。来客です」

 僕は扉の方を見る。まだ誰もいない。


「おそらく兵士、それも高官です」

 扉が叩かれる音がした。入ってきたのは、北方軍の軍服を着た若い男だった。


「何で分かったんですか?」

「足音と気配です」

 エスメラルダが真顔で答える。こういう場面で、冗談を言うタイプではない。味方であるうちは心強い。


 やってきた兵士は二十代半ばほどで、濃い灰色の外套には泥の跳ねが乾いていた。膝のあたりに、白っぽい跡が浮いて見えた。男は胸に手を当て、頭を下げた。


「北方軍補給隊副官、ライアン・ビヴァルと申します。第三皇子殿下に、どうしてもお伝えしたいことがあり参りました」


「北方軍補給隊?」


 僕の頭に、外套の件が浮かんだ。

 あの薄い布の代わりに送った正規品は、きちんと北方に届いたのだろうか。


「外套は?」

 思わず尋ねてしまった。


「届きました。兵たちは皆、殿下に大変感謝しております」


 ライアンはそこで、少しだけ言葉を詰まらせた。

 どうやら感謝を伝えに来ただけではなさそうだ。


「本日は別件で参りました。実は、北方に架かるオーバールック橋が、もう持ちません」

「もう持たない?」

「荷馬車が通るたびに、床板の下から軋む音がします。見た感じでも床が斜めに傾いていて……。ですが帳簿上では先月、補修は完了済みになっています」

「完了済み?」

「はい。管理局が、短材と曲がった締め具を『補修材一式』として検収し、そのまま完了報告を上げたようです。ですが、現場には契約どおりの補強梁が届いていません。だから橋の補修に取りかかれないという状態です」


 そう言いながらライアンは、腰から下げた革袋から鉄の金具を一つ取り出した。


 机に置かれたそれは、微妙に歪んでいた。手に取ってよく見ると、錆を落として黒く塗り直した跡がある。明らかに新品ではない。


「これは、壊れた備品ですか?」

「いえ、新しく納品された鉄の締め具です」


 エリーゼが身を乗り出し鉄具に手を伸ばしたので、僕は手で制した。


「触らないの。手を切るかもしれないから」

「これなに? はしのほね?」

「まあそんなものだね」

「ぼろぼろのほねだね。かわいそう」


 ライアンの口元にふと笑みが浮かんだが、すぐに真面目な顔に戻った。


「北方軍では抗議書を出しました。ですが、管理局からは『検収済み』の返答だけです。外套の件で殿下が動いてくれたと聞いていたので、失礼を承知の上、ご相談させていただけないかと伺った次第です。殿下なら、帳簿を見てくださるのではないかと」


 見たくない、とは言えなかった。


 橋はまだ落ちていない。だがこの様子なら、時間の問題だろう。

 そして、僕が見なかったことにすれば、本当に落ちる可能性が高い。


 管理局とはつい先日、一戦交えたばかりだ。帝室内に敵を作りすぎるのは良くない。

 

 ふと、机の上の折れた羽ペンが目に入る。 

 僕は静かにため息をついたあと、言った。


「書類を見せてください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
五話で「奥行二尺八寸」と尺貫法使われてましたが、ここではメートル法が使われています。 両方ある世界線ですか?
「オーバールック橋」 さぞ見晴らしの良い高いところにあるし、 色々と見逃され・見落とされてきたんでしょうね。 どうやって管理されるようになるのかな。 -----------------------…
「けちなひと」的には使える羽ペン折れたのもダメージじゃなかろうか? 姫様を叱ってあげるべきところでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。