表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊が見える探偵と彼の秘密  作者: 黒豆子犬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/40

第38話 守るべき存在

深い眠りから浮上するように、葵はゆっくりと目を開けた。

 かつて警視庁本庁舎がそびえ立っていた霞が関のクレーターの底。葵は一人、瓦礫の山の上に倒れていた。

 空を見上げれば、あの不気味な黒い日食は跡形もなく消え去っている。数ヶ月もの間、紫色の影に隠されていた剥き出しの朝日が、ビルの残骸の隙間から眩いばかりの光を放って、葵の頬を照らしていた。


「……氷室、さん?」

 葵は激痛に応じる身体を無理やり引きずり、周囲を見渡した。

「氷室さん! どこ!? 返事をして!!」

 けれど、返ってくるのは冷たい風の音だけだった。

 葵は這うようにして、自分が弾き飛ばされた場所へと戻った。

 そこには、一人の人間の肉体も、一欠片の衣服も存在しなかった。ただ、氷室の右腕があったであろう場所の地面に――砕け散った透明な、白銀の結晶の破片だけが、朝日に反射して虹色の輝きを放っていた。

 葵はその破片を震える指で拾い上げ、胸に抱きしめた。

 クレーターの底に、今まで一度も聞いたことのないような、葵の慟哭が響き渡った。


 一ヶ月後。

 東京は、ゆっくりと、けれど着実に復興への歩みを始めていた。

 葵は警察の保護下に置かれた後、今はかつて二人で過ごしたあの雑居ビルの一室で、独り静かに過ごしていた。

 窓を開ければ、都会の喧騒が聞こえる。けれど、葵の瞳に映る世界からは、確実に何かの「彩度」が失われていた。


 ふと、部屋の隅に置かれた、画面が木っ端微塵に砕けた遠野のタブレットが、奇妙なノイズを発した。

 葵がそれを手に取ると、死んだ液晶の奥から、壊れかけのボイスメモが一度だけ自動再生された。

『……葵。……。コーヒー、淹れ方を覚えておけよ』

 氷室が、最終決戦の直前に、あるいはもっと前に、自分が消えることを予感して吹き込んでいた、短すぎる遺言だった。

 彼は自分が守った少女が、誰かに寄りかかるのではなく、自分の足で立ち、何気ない日常を慈しんで生きていくことを、何よりも願っていたのだ。


 葵は屋上へと出た。コートのポケットには、あの時拾った白銀の結晶の破片が入っている。

 彼女は自分の瞳をそっと閉じた。すると、瞼の裏側に、まだ消え残っている境界の僅かな『残り香』が、幾何学的な光となって視えた。

 葵は瞳を開いた。彼女の瞳はかつてないほど強く、紫色の光を宿して澄み渡っていた。

 自分はもう守られるだけの道具ではない。この世界に残された「目に見えない真実」を観測し続け、氷室が守りたかったこの不確かな現実を支え続ける。

 それが、一人の人間として生きることを選んだ、葵の新しい使命だった。

 ひび割れた空を見上げ、葵は静かに一歩をみ出した。

 観測者の物語は、終焉と共に、新しい夜明けの序章を刻む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ