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幽霊が見える探偵と彼の秘密  作者: 黒豆子犬


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第30話 最大規模の怪異

門の内部は、上下左右という概念すら機能しない、漆黒の虚無空間だった。

 宙に浮く巨大な流氷のような瓦礫の山。その頂上に、白いコートを纏う神が、氷のように冷たく端正な玉座に腰掛けていた。彼の周囲には、吸い上げられた夜霧市の残滓が、まるで血の海のように真っ赤に滞留している。

 氷室の全力の投擲によって、葵はその虚無空間の真っ只中へと弾き出された。

「……愚かだな。ここが、私の権能の『心臓部』だと理解して飛び込んできたのか?」

 神の言葉は大気を震わせるのではなく、葵の網膜に直接、痛覚を伴った文字として刻み込まれる。

 神は全く動かない。しかし彼が視線を巡らせるだけで、空間が音もなく「消去」され、葵の周囲の瓦礫が次々と無に帰していく。

「……わかるよ、お兄ちゃん。……ここが、私たちの因縁の始まりだもの」

 葵の瞳から、一筋の血が流れた。

 彼女の「確定」の力が、神の「消去」と正面から衝突する。神が削り取ろうとする空間の座標を、葵の魂が強引に縫い留める。二つの相反する力が激突し、虚無の空間に紫色の雷鳴が轟いた。


「……君のその目は、私が与えた奇跡だ。……それを私に向けるというなら、君もただの『ノイズ』として消え去るしかない」

 神の瞳孔が開き、全てを無に帰す最大の波動が放たれた。それは、葵の確定の力すらも容易に上回る、圧倒的な絶対圧だった。

 葵の足元の瓦礫が消滅し、彼女の膝から下が空間の重圧に捻じ折られそうになる。

 だが、その決定的瞬間。神の頭上の空間が、突如として白銀の光と共に粉砕された。

「……テメェの奇跡なんざ、俺たちの共犯関係の前じゃただのクソだ」

 限界まで結晶化した白銀の腕を振り被り、氷室蓮が落下してきた。

 神がわずかに視線を上に向けた。神の消去の力が氷室を捉える。氷室の身体を結晶が覆い尽くし、それが神の刃を防ぐ盾となるが、結晶は一瞬にして粉々に砕け散っていく。

 それでも、氷室は止まらなかった。

 葵の確定の力が、氷室の「存在」を強烈に現実へと縫い止めている。神が何度消そうとしても、葵が視ている限り、氷室蓮という男はこの世界から消えることはない。

「……行けええええええええええ!!」

 氷室の最後の一撃が、神の白い玉座を正面から粉砕した。


 神の胸に,氷室の拳が深く突き刺さった。

 血は流れない。神の肉体は、すでに物理的な限界を超え、光の粒子となって崩壊を始めていた。

「……お見事だ、葵」

 神の顔には、苦悶の色はなかった。それどころか、まるで妹の成長を喜ぶかのような、狂気的で美しい微笑みを浮かべている。

「……だが、遅すぎた。私はこの肉体という『個』を捨て、全体のシステム……ボードメンバーの深淵へと同化する」

 神の肉体が、紫色の光となって弾け飛んだ。

『……新しい空の上で待っているよ。……私たちの、最後の遊戯盤ハコニワで』

 神の残響が消えると同時に、制御を失った境界の門が、巨大な連鎖崩壊を始めた。


「……葵!!」

 氷室が、虚脱状態で宙に浮かぶ葵の腕を強く掴んだ。

 限界を迎えた門が弾け、二人は凄まじい衝撃と共に、現実世界へと真っ逆さまに落下していく。

 瓦礫と共に地に叩きつけられ、朦朧とする意識の中で、葵は空を見上げた。

 夜は明けていた。だが、そこにあったのは、昨日までと同じ空ではない。

 太陽があるべき場所に、すべてを飲み込むような『黒い日食』……巨大な紫色の瞳孔が浮かび、現実の景色がピキピキと音を立ててひび割れ始めている。

 神との決着は終わった。だがそれは、真の終末への幕開けに過ぎなかった。

第30章まで、ありがとうございます。


ここから先、物語は最終局面に入ります。

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