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幽霊が見える探偵と彼の秘密  作者: 黒豆子犬


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第26話 次の標的

遠野圭が遺したタブレットから放たれた光。それは、無機質なデータの奔流ではなく、彼が最後まで信じ続けた「現実の重み」そのものだった。

 葵の剥き出しの瞳に、その極彩色のコードが焼き付く。

 脳が焼け付くような鈍い痛み。だが、その痛みこそが、葵を神の提示した「空虚な自由」から引き戻す錨となった。

「……お兄ちゃん。……あなたの言う『正解』なんて、いらない」

 葵の声が、クレーターの静寂を切り裂いた。

 彼女は瞳のピントを、神の白いコート、その胸元へと強制的に固定フォーカスした。

 神の権能『消去』が、葵の確定した現実を霧散させようと襲いかかる。だが、今の葵の確定は、単なる観測ではない。それは、自分のために命を懸けた者たちの記憶を,自らの魂で世界の理に縫い付ける「叛逆」だった。

「……何をした、葵。……私の領域を、君が押し返しているというのか」

 神の微笑みが初めて消えた。彼の周囲の空間が激しく軋み、音のない火花が吹き荒れる。

 葵の放った「存在のアンカー」が、神という絶対的な一点を、この世界の卑小な一要素として無理やり繋ぎ止めていた。


「氷室さん!! 起きて!」

 葵の絶叫が、神が作り上げた「感覚遮断」の檻を激しく揺さぶった。

 葵の瞳から放たれた紫色の奔流が、一対の翼のように広がり、檻を内側から焼き切る。

 その光の奔流の中で、氷室蓮がゆっくりと頭を上げた。

 彼の右腕の黒い結晶が、かつての禍々しさを脱ぎ捨て、葵の光と共鳴して静謐な白銀の輝きへと変貌していく。

「……葵。……全く、人使いの荒いバディだぜ」

 隔離房が、内側から凄まじい衝撃を伴って粉砕された。

 氷室は白銀の腕を構え、その一撃で、神の足元の空間そのものを叩き割った。

 神の白いコートが,衝撃波によって激しく切り裂かれる。絶対者としての彼の身体に、初めて「現実の傷」が刻まれた瞬間だった。


「……あり得ないな。……君たちが、私の観測を上書きするなど」

 神の瞳が、これまでにない禍々しい光を放ち始めた。

 だが、その神の隙を突くように、傍らに控えていた銀髪の少年・シオンが、独断で葵に向かって鋏を振り下ろした。

「……お嬢様! あなたは、お兄様の機嫌を損ねすぎました!」

 シオンの鋏が、葵の魂の境界線を切り裂こうとする。しかし、その鋏を、氷室の白銀の腕が正面から受け止めた。

「……ガキ。……お前の空っぽな嫉妬は、俺たちのシンクロには届かねえんだよ」

 氷室と葵の視線が交差する。

 一人は視る者、一人は成す者。二人の意識が、境界のエネルギーを介して一つの「完成された理」へと昇華していく。


 クレーター全体が、あまりの演算負荷に耐えきれず、激しい連鎖崩縮を始めた。

 天井の岩盤が、まるで砂のように崩れ落ち、そこから夜霧市の夜空が見える。

「……氷室さん、遠野さんのタブレットが!」

 葵は瓦礫の中から、辛うじて原型を留めていたタブレットを拾い上げ、氷室の背中に飛び乗った。

 神は崩壊する瓦礫の中で、崩れた姿勢を立て直すこともせず、ただ去りゆく二人を、これまでとは違う「狩人」のような愉悦を宿した瞳で見送っていた。

『……いいだろう。……追いかけっこの続きだ、葵。……この街全体を、君の覚醒のための生贄に捧げてあげよう。……次の場所で、君がすべてを失うその瞬間に、また会おう』

 神の声が、崩落するクレーターの轟音にかき消された。

 夜霧市の街中へと脱出した二人の前には、霧の晴れた不気味な市街地と、さらなる深淵へと続く門が開かれていた。


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