第9話 骸骨は歩く
大地を揺らす足音とともに九機のウェアクローズが走り去っていく。
しかし、スカルフェイスはスタートしていなかった。
『ちょっとどうしたのよ!』
「マジか、こいつ」
ユリアの通信を無視してトーマは絶妙なさじ加減でフットペダル踏む。
例えるなら足の下にある風船を割らないように踏む感じ。
するとゆっくりとスカルフェイスは歩き始めた。
『おおっと、スカルフェイス、出遅れてスタート!』
『でもおっそいですねぇ』
『んふふふ。全機スタートしたところで先頭集団はそろそろ非戦闘エリアを抜けますよ』
『ウェアクローズレースはここからが本番ですからね』
『今回も見応えたっぷりで実況していきたいと思います! 頑張りましょうねぇ!』
『そこそこ解説、頑張ります』
『そこは全力でやってほしいんですけどねぇ! んふふふ』
実況の笑いが木霊するなか、スカルフェイスがゆっくりと荒野を歩いていく。
トーマはたまらず通信ウィンドウを開いた。
「ピーキってそういうことかよ! もっと言っとけ! こうならシミュレーションも反映しとけよ!」
『えへ、えへへえ、あっしハード専門でしてぇ……ごめんなさい』
「謝ったから許す!」
でも次はない。
スカルフェイスは、すぐにトップスピードに乗れない。
急激に加速するような機体ではないようだ。
ゆっくりと本当にゆっくりと徐々に徐々に速力を上げていく。
だから、思いっきりエンジンをふかしたところでこいつは走らない。
標準的なウェアクローズならば制御システムが最適な駆動を計算して歩かせてくれる。
しかし、スカルフェイスはそこもマニュアルだ。
フットペダルによって制御される出力がダイレクトに伝達される。
停止した状態から最大出力なんてことをすれば、駆動系がぶっ壊れてしまう。
だから動かなかった。
安全装置はちゃんと働いているらしい。
「変なところは残ってんな。最後の良心とでもいうつもりじゃないだろうな」
ともあれ、ゆっくりやるしかない。
まずは徐々に加速して行って、スピードに乗せる。
そこでこの機体の最適な出力と機体のバランスを掴む。
「初の実戦でこれとは」
勘弁してほしいと同時に燃えるものがある。
「最下位からぶっちぎる。レーサーとしたら面白いってもんじゃないだろ」
ゆっくりと骸骨がフレームをカタカタと鳴らしながら歩いていく。
ゾンビが歩くような速度は散歩するような速度になる。
トーマは全神経を足に集中させて、コックピットに伝わるエネルギーコアのわずかな振動を頼りにフットペダルを踏んでいく。
ガチリと一つ歯車が嵌ったような感覚が足裏を抜けた。
ぐっとフットペダルが軽くなる。
軽さにかまけて踏み込まないように全身を制御し、最適を探り続ける。
骸骨の散歩は、次第に走りへと変わっていく。
モニターに映る景色が流れていくようになった。
ガチッとまた歯車が嵌る。
「あーあ、これで俺の役割は終わりかー」
九位のレーサーがオート制御にかまけてシートに深々と腰掛けて頭の後ろで腕を組む。
彼は既にこのレースでの役割をこなした後だった。
指定された順位は九位。
このまま軽く流しておけば報酬が貰える。
「楽な仕事だぜ」
レーサーとはそういう仕事だ。
言われた通りに走るだけ。
「しかし、あの骸骨野郎は笑えたな。スタートミスとか今時あり得ねえだろ。まあ、零細ってのはどこも――っ!?」
スーツの下を冷や汗が流れた。
背後に何かの気配を感じて背面カメラの映像を確かめる。
走る自らのウェアクローズが立てる砂煙しか見えない。
「気のせいか? あんな骸骨がもう追いついているはずなんか――」
視線を正面に向けた時、自機の真横をすり抜けていく黒い影が目に入った。
「は?」
『まずは一人』
足音のない幽鬼の如きウェアクローズが走り去っていく。
足音がない。
それは異様だった。
ウェアクローズは金属の塊だ。
その重さはフレームだけでもトンを優に超える。
いくら軽度テラフォーミング惑星で帝国標準重力レベルよりも低い重力だったとしても、その歩みは地を抉り足を沈め砂煙を巻きあげるものだ。
それがスカルフェイスにはない。
淀みなく足が前に進む。
大地にはほとんど足跡が残っていなかった。
まるで鳥が空を滑るように飛ぶが如く、地を駆けている。
「なんなんだ、こいつはっ!」
すぐさま追いかけようとしたが、黒い背はもうはるか遠くに過ぎ去っていた。
「いや、そもそも……追いかけてどうするんだよ」
既に役割は終わっている。
順位が一つ下がるだけでノルマはこなしているのだから問題はないのだ。
ただ。
「なんでだろうな」
遠ざかっていく向こう側すら透けて見えそうな背中からどうしても目を離せなかった。
「まずは一機だ」
一機を抜き去ってトーマはさらにフットペダルを踏み込む。
この時には既に出力と機体バランスをトーマは掴んでいた。
スカルフェイスは骸骨が笑うかのようにかたかたと不気味な音を鳴らして加速する。
「ピーキーなのはスタートもだが出力もだな」
どんなチューンナップをしたのか出力を出そうとするとある一定から垂直とでも言わんかりに跳ね上がる。
そこの見極めをミスると途端に安全装置が稼働して止まってしまう。
オートでも制御が難しそうな出力曲線にマニュアルを要求する。
「とんだじゃじゃ馬め」
そう愚痴るが口元が上へあがっていた。
トーマにとってウェアクローズの操縦は簡単なことだった。
初めて操縦桿に触ったあの日から、完璧に操縦することができたのだ。
神には会ったことないが、これが転生チートとでも言われたらその通りかもしれない。
今まではだいぶ持て余していた技能だったが、その才能の極限を要求されるかのような操縦難易度が楽しくて仕方ない。
なによりレース用に改造されただけあってスピードに乗ってからは軽々と走る。
今も八位を追い抜かした。
その走りが何よりも心を湧き立たせる。
「来るか」
背後から攻撃が来る。
「狙いが定まっていない。焦りすぎだ」
抜かした相手の攻撃は、焦ったのを隠しきれず照準が合う前から射撃してしまった。
ほとんど避ける必要がない。
少し軸をズラすだけで敵の攻撃は全て横を通り過ぎて行った。
スカルフェイスはさらに加速する。
装甲のないコックピットブロックには直接風がぶつかる。
びゅうびゅうと鳴らす音がトーマへと響く。
「ああ……」
まるで自分が直接風を切っているかのようで心臓が跳ねた。
剥き出しのフレームから大地を蹴って走る躍動がトーマへと叩き込まれる。
「これだ……!」
それこそトーマが求めていたものだ。
気がつけば、レースは終盤に突入していた。
スカルフェイスの現在順位は二位。
残るは直線。
残るは一機。
「勝負だ」
トーマは前方を進むウェアクローズを見据えた。




