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第10話 一瞬を駆け抜ける

 一位を走るヴァン・ヴィテスは、背部カメラモニターに映る怪しい影を猛禽のような鋭い目で見据えていた。


「この私、ヴァン・ヴィテスに追いつくつもりか?」


 徐々に迫るウェアクローズとは思えない姿の異形に目を細めた。

 台本にはない事態だ。


 しかし、ヴァンは冷静だった。

 焦って攻撃をすることもなければ、速度を上げることもない。

 時計のアラームが告げる通りに水分を補給する。


 ヴァンの所属するトネールソクト社はスラスターなどの推進系の開発企業の老舗だ。

 個人用宇宙服のスラスターから恒星間船舶の推進器まで。

 帝国流通の《《速度》》を握っている。


「我が愛機スネルハイドが銀河最速であると知らぬか」


 台本に書かれるまでもないことだ。


 勝利を前提として、どの企業の性能も引き出して見せ、それら全てを圧倒する。

 それこそが今回のレースでトーネルソクトが描いた結末だ。


 それを覆そうとする不届きものがいる。


「サザンカ・インダストリアルのスカルフェイスだったか。分不相応な夢を描いたな。この私に速度で勝つなどと笑止千万。だが――」


 その走りが驚異的であることは、ヴァンも認めていた。

 背部モニターの中で砂煙すら上げず、くっきりとした姿を見せつけるスカルフェイス。


 走るために極限まで削り上げた機体には、ある種の尊敬すら浮かんだほどだ。

 そんな走る機体に乗っている者もまた尋常なレーサーではない。


 台本に従わない異常者。

 ただゴールだけを見据える者。


「本物か。操縦者の顔を見て見たく思うが――」


 ヴァンは時間を確認する。

 予定通り。

 速度は寸分狂わず遷移。

 残すは最終直線。


「――私は振り向かない」


 もしもスカルフェイスに乗る者の顔を見る時があるとすれば追い抜かれた時だけだ。

 不思議なことにヴァンの鉄面皮を象徴するような口角が上がっていた。


「時間だ。フルスロットル」


 ピピピとホロ時計のアラームが鳴ると同時、ヴァンは操縦桿のトリガーを引きフットペダルを同時に踏み込んだ。

 最新式のスラスターが起動。

 ヴァンの身体をシートへと押し付ける加速が始まる。


 ヴァンのスラスターが勝利を確信した咆哮を上げるのと、滑るように加速していたスカルフェイスがついに大地を深く蹴ったのは同時だった。



『えへ、えへへえ。旦那ぁ、トネールソクト社の最新スラスターの性能スペックなら五秒後にスパートをかけますぜぇ。そこが最大加速をゴールまで維持できる限度なんでぇ』


 トーマはヒェミィの通信を思い出しながらフットペダルを目いっぱいの踏み込んだ。

 十分にスピードに乗ったスカルフェイスがさらなる加速域へと入る。


「散歩は終わりだ、行くぜ相棒」


 同時にラストスパートへと入る。

 もはや周囲には誰もいない。

 いるのは自分と相手の二人だけ。


 スカルフェイスのアイカメラが光を反射して輝き、スネルハイドのスラスターの煌めきが尾のように赤い軌跡を引く。

 荒野の景色が、眩い光の線となってトーマの視界を通り過ぎていく。


 あとはゴールへと先に辿り着いた方が勝つ。 

 数秒、刹那の競り合い。


 スネルハイドはもはや飛んでいる。

 スラスターの勢いのまま、巻き上げた砂塵を装甲が引き裂く。

 スカルフェイスもまた飛んでいた。

 もはや転倒するのではと思えるほどの前傾姿勢で、地面スレスレを鳥の如く飛翔する。



 風が装甲を吹き付ける。

 加速度がヴァンの全身をシートへ押し付ける。


 サイボーグでなければ視界は明滅し、狭まっていたことだろう。

 だが、サイボーグであるヴァンにそれはない。

 己の加速についてきたスカルフェイスを視界の端に捉えている。


「追いつくか。だが、このヴァン・ヴィテスを追い抜かせはせん」


 己こそが最速であるのだ。

 それはトネールソクト社に所属して戦ってきたヴァンの矜持だ。

 台本によって勝利が約束されているが、速度を裏切ったことはない。


 いつだって最速のタイムを貫いてきた。


 ヴァンの本能が最適解を選択させる。

 つまり、さらなる加速。

 スケジュールからの逸脱こそ勝利に必要なのだと冷静に判断させた。


「この私にここまでさせるか」


 ヴァンは操縦桿に備えられた推力増強装置オーグメンターをスタートさせるボタンのケースを開ける。

 躊躇うことなく押し込んだ。


「最速は私だ」


 爆発したかのような衝撃とともにスネルハイドが流星の如く前に出る。


 びゅうびゅうと吹き付ける風の音がコックピットにまで聞こえる。

 漆黒のフレームに反射した光がヴァンの視界から背後へと去っていく。


「勝っ――」


 勝利を確信した。

 その時、脳裏を駆け巡る違和感。


 風が装甲を叩く中、ヴァンは確かに聞いた。


 人間とも機械とも異なる骸骨スカルの嗤いを。


「逸ったかっ……!」


 ヴァンは視界の端を駆ける漆黒を認識し、己の失敗を悟った。


 一瞬、スネルハイドがスカルフェイスの前に出て行く。

 しかし直後、わずかな衝撃でスネルハイドがバランスを崩した。


 機械のように綿密に計算され尽くしたスケジュールからの逸脱は、わずかコンマ数秒スラスラーによる空力制御を乱した。

 あと一瞬でも遅くオーグメンターの起動させていれば、バランスを崩そうとも勢いのまま勝てただろう。

 だが、ヴァンは勝利を逸った。

 一瞬も待てずに起動してしまった。


 背後から迫る異形を無意識に恐れたのだ。



 トーマはただ前だけを見ていた。

 目いっぱい踏み込んだフットペダルを維持。

 より強く蹴りだせるように操縦桿を倒す。


 スカルフェイスがより強く大地を蹴って滑るように前に出た。


「俺の勝ちだ」


 速度を出せば出すほど抵抗になるはずの風がフレームを吹き抜け、かたかたと笑い声のような音を鳴らす。


 ホログラムのゴールテープがスローモーションのように迫る。

 そして、一瞬で過ぎ去っていった。

 ブザーが弾けるように鳴り響く。


 スカルフェイスが砂ぼこりを巻き上げて止まる。

 走りきった異形が太陽に照らされて漆黒の輝きを放っていた。


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