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第8話 レース直前

 都市船シリウスは今回のウェアクローズレースの開催地である惑星E-798561347、星名ハウラの静止軌道上へと到着した。


 既に惑星降下用コンテナ格納庫にはスカルフェイスが搭載され、規定時間に地表へ向けて射出する準備を進めている。

 トーマもまたコックピットに乗り来んで身体にぴったりとしたパイロットスーツの調整を行っていた。


「酸素残量確認。水分量確認。浄化パック稼働中……簡易食料は一週間分、確認。ブレイン・マシン・インタフェース、リンク正常――問題なし」


 少し早いがくすんだ黒髪をかき上げてヘルメットをかぶっておく。

 このスカルフェイスは装甲を削りまくっているせいでコックピットの密閉性に不備が生じているのだ。

 本来なら起動前の暗黒では何も見通せるものはないはずだが、目の前に広がる宇宙の星々のように光が漏れている。

 何かあって宇宙に投げ出された時にヘルメットをしていなければ死あるのみだ。


 ただこの光景は嫌いではない。

 宇宙の中に一人浮かんでいるような気分になる。

 モニターが立ち上がると通信ウィンドウが開いていた。

 ユリアだ。


『準備は?』

「問題ない」

『テストランもなしに本番で緊張しているのかと思ったけれど、そうでもないのね』

「そう思うなら余裕をもって準備してもらいたかったな」

『これが一番近いレースだったのよ。嫌なら出なければ良かったのに』

「だって走りたいだろ」


 こんなに走ることに特化させたとかいうトーマ好みの機体があれば、それを走らせたいと思うのは当然。

 断るよりもシミュレーターに飛び込んで仮想空間で訓練をやったくらいだ。

 おかげで徹夜になったが、コンディションは悪くない。


 新しい機体。

 走りに特化した機体。

 そんな玩具を与えられた男の子は、興奮で疲労なんて忘れて没頭するに決まっている。


『走る機体にして良かったわ』

「それなんだが、なんで走る機体だったんだ」

『機体を発表できる場がレースしかないからよ。だったらレースに特化させるわ。ゆくゆくは帝国標準規格を超えてやるから待ってなさい』

「俺はこれで十分なんだがな」

『えへへ、もっと速くなりますぜ、旦那ぁ』

「よし、待ってるぜ」

『調子が良いんだから。まあいいわ。こっちから言うことは一つ。勝ちなさい。勝ってレース賞金を手に入れることが最低条件よ』

「じゃないと破産なんだったか」

『船の維持費がやばいのよね』

「じゃあ、あんな船持つなよ」


 レースへの参加を急いだ理由はこっちが本命だろうと半眼になる。

 破産しそうなほどの支出は都市船に対する維持費と税金だ。

 都市船シリウス号は小型快速都市船となっているのだが、帝国での登録区分としては超大型船となる。


 数キロの極小都市船で、その全長から区分としては小型船のはずなのだが、エネルギー排出量の基準が超大型船クラスであるために税金はそちらに合わせられてしまっているのだ。

 これの税金が非常に高い。

 超大型船自体にかかる税に加えてそこに消費酸素税とか、宙域環境配慮税などなど。


 超大型船は金食い虫なのだ。

 基本的に貴族やら金持ちの道楽な区分。

 間違ってもサザンカ・インダストリアルなどという零細企業が持っていていいものではないのである。


『どうせなら最高の環境が欲しいじゃない。それに都市船を持つって昔から憧れてて』

「それじゃあ仕方ないにならないんだよ」


 おかげで今、破産の危機に陥っているわけで。


『何よ、勝てないの?』

「勝つが?」

『じゃあ、問題ないわね』


 そう胸を張って言われるのはなんか違うだろうと思ってトーマは天を仰ぐ。


『とにかく目的は勝利。台本なし。他の企業連中はうちのことを弱小だと侮ってるみたいだから度肝抜いてやるわよ』

「了解だ、雇い主様」

『わたしからは以上ね。ほらヒェミィは何かある?』

『えへえへ』


 画面の中にヒェミィひょっこりと顔を出す。


『えへへ、旦那ぁ。スカルフェイスは削って削って削ってますんでぇ。被弾はしないでください。えへ、一発で死ぬと思うんでぇ』

「そんなことだろうと思ってるからそのつもりだよ」

『えへ、あ、あとぉ。スタートは気を付けてくだせぇ』

「スタート?」

『設定ピーキーなのでぇ、えへ』

「それを今言わないでくれるか?」


 シミュレーターでは特に問題はなかったと思うが、シミュレーションとは何かが異なるということはままある話だ。

 なんとか対応しなければならないらしい。


「了解した」

『えへ、旦那ぁ、がんばってくだせぇ、えへえへへへ』


 ぴんと通信終了音とともに通信ウィンドウが閉じられた。

 トーマはコックピットに一人になる。


「ふぅ……さて」


 がこんという振動とともに圧倒的なまでの浮遊感が襲う。

 惑星降下用コンテナ格納庫が大気圏に突入した。

 今度は極強マッサージチェアーにでも座ってる気分になる。


 軍にいたころに惑星降下作戦をやったことがあるが、あれよりも何倍もマシだ。

 対空砲火もなければ、待ち構えている敵軍もいない。

 ただ落ちるだけで心は穏やかだ。

 いや、むしろ昂る。


 ブレーキがかかり身体が前に押し付けられるとどすんという衝撃とともに静かになる。

 惑星降下完了。


「大気組成確認……軽度テラフォーミング惑星標準」


 癖で大気組成を確認してしまった。

 軽度テラフォーミングされた惑星で人は住んでいない。

 周辺には荒野が広がっており、ホログラムレーンによってレースコースが作られている。


「お披露目と行こうか」


 トーマはスカルフェイスを立ち上がらせ、コンテナ格納庫を出た。


『おーっと、なんだあれは!』


 外へ出たと同時に実況通信が飛び込んでくる。

 レース実況は成層圏に浮遊するスタジアムからされている。


 カメラドローンがスカルフェイスの目の前に飛んできた。

 どうやら注目されているらしい。

 当然だ、こんな機体他にはないのだから。


『装甲ほとんどなし! 武装もないようですねぇ。ええと、登録はサザンカ・インダストリアル。名前はスカルフェイスとなっております。んふふ、そのまんま』

『聞いたことありませんねぇ』

『私もですよ。いやはや、どうやらかなりの零細みたいですねぇ。どう思いますか、解説のパチオンEXさん!』

『装甲も武装もなしでウェアクローズレースに参加とは、いったい何を考えているのでしょうかという感じですよ。ネモタリーリヴはどうです?』

『さあー、それはわかりませんが、面白そうですよ、んふふふ。スカルフェイスの奮闘に期待しちゃいましょう!』

『死者が出ると面倒ですからねぇ』


 言ってろとトーマは口内で吐き捨てながらスタートラインに立つ。


『全機スタートラインにつきました。では、カウントスタート!』


 カウントダウンとともにスタートラインに並んだウェアクローズが出力を上げていく音が響く。

 機体の鼓動のような振動が大きくなり、アクチュエーターが今か今かと震えている。


 大気を震わせるブザーが鳴り響く。

 トーマはフットペダルを蹴っ飛ばした。


『おおっと――これは!!』

『おや、スタートトラブルですかねぇ』

『サザンカ・インダストリアルのスカルフェイス! まさかのスタートミスです!』


 スカルフェイスは、うんともすんとも言っていなかった。


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