第7話 変態エンジニアは三下?
声の方にカメラがフォーカスする。
トーマはその事実に思わず感心してしまった。
もちろん、センサー類の制御系がまだ残っていることにだ。
モニターに映った白衣に眼鏡の女性はがらくたの山の上でぴょんぴょんしている。
「うおっ」
トーマは声を上げてモニターを拡大した。
画面いっぱいにと跳ね馬のように飛び跳ねる双丘には思わず録画ボタンを探した。
なにせ女性は白衣と眼鏡以外はまるでこのスカルフェイスのようにすべてが開けっ広げなのだ。
「ない、だと……てかウェアレコーダーも取り外してるのかよ。万が一があったとき裁判が不利になるじゃねえか」
トーマは前世今世含めて妹以外に女っ気のない生活をしていたからガン見する衝動にかられている。
しかし、最近のウェアクローズには搭載されているべきウェアレコーダーがないことに気が付いたのと彼女の電子タグを読み取った情報がモニターに表示されたことで衝動は萎んでいった。
電子タグは電脳に設定されてる名刺のようなものだ。
電脳化してオーグメントサイトを有効にしていると視界に入った人の電子タグを勝手に参照して情報を表示することができる。
「名前は……ヒェミィ・レルネンか。聞いたことはないな」
少なくとも有名なエンジニアというわけではないが、銀河は広い。
在野にどんな化け物がいるのかわかったものではないのだ。
オープンに設定されている情報は彼女がエンジニアであること以外はわからない。
「ヒェミィ、そろそろはしゃぐのはおしまいにしてもらっていい? トーマも降りて来て紹介するから」
ユリアに降りて来てと言われたら降りねばならない。
もう少しここに居たかったが雇い主様がそういうのならば従う。
それにシーナとルカを待たせっぱなしだ。
スカルフェイスを待機姿勢に戻してハッチを開ける。
「ふぅ……」
密閉空間から出るとどんな空気でも新鮮で思わず息を吐く。
コックピットブロックから飛び降りるとするとヒェミィが揉み手をしながらやってきた。
なんだか三下の悪役みたいだ。
「えへえへ、へへへへ、旦那ぁは良いパーツですねぇ」
「降りて来たらパーツ扱いされている件について」
「変わり者なのよ。目の保養になるから良いでしょ」
「いや良くないだろ」
目の保養なのは確かだが。
「へへへ、あっしみたいなんを見て目の保養になるならいくらでもどぞ」
「……とりあえず紹介してくれ」
「この子はヒェミィ・レルネン。うちのエンジニアよ」
「どうもどうも」
「どうしてそんなに三下みたいなんだ……」
「前に勤めていたとこが暗黒物質――銀河帝国流のブラック企業の意――すぎて心が壊れちゃったらしいのよ」
「えへえへ、申し訳なし」
「お、ぉう……」
色々と大丈夫なのか?
「腕は確かよ。ヒェミィ、この子はトーマ・ソウジロウよ」
「苗字も名前っぽくて変ですね、えへえへ」
「変て」
確かにそれはトーマ自身も思っているが、出身地の名付けの法則がこうなのだから仕方ないことなのである。
「ソウジロウ・コロニーの出身だからな。コロニー周辺宙域だと苗字も名前っぽくなるんだと」
「へへへえ、なるほどなるほど。またひとっつ賢くなりました。ありがとうございやす、えへえへ。じゃあ、ソウジロウということはお坊ちゃんということで?」
「いいや、違う」
ソウジロウ・コロニーの貧民街の連中はだいたいがソウジロウだ。
他に名乗る家名がないから、生まれたコロニーの名前を名乗っているに過ぎない。
意味的にはソウジロウ・コロニーのトーマというくらいのものだ。
「えへえへ、あっしなんぞに説明ありがとうございます。えへえへ」
そんなことを説明すると納得したのかヒェミィは眼鏡をくいと上げた。
「これから二人には色々働いてもらうから仲良くね」
「えへえへ、お任せください、へへへ」
「はい!?」
揉み手ですり寄ってきて唐突にハグされた。
もにゅんとした柔らかな感触がみぞおち辺りに当たる。
ただぼさっとした髪が口元を擽るおかげで、そっちの方が気になってしまって堪能はできなかった。
「えへえへ、親愛の証です、えへ。仲良くしましょう、へへへへ」
「……お、おう」
「照れちゃって、まだまだ子供ね」
その通りだけにユリアに言い返せない。
「とりあえず明日レースだから、調整よろしく」
「えへえへ、わかりましたぁ」
ヒェミィが電子工具を手にぺたぺたとスカルフェイスの方へ歩いて行った。
「それじゃあ、妹ちゃんたちを待たせるのも悪いからわたしたちは行きましょう」
「わかった」
駅に戻ると待ちくたびれていたシーナとルカにちょっと文句を言われたので平謝りしつつ、トラムに乗って今度こそ居住区へと入る。
「ここがシリウスの居住区よ」
「…………」
「…………」
「わー!」
ルカ以外のトーマとシーナは居住区を見て絶句した。
「なんだこりゃ……」
そこにあったのはありとあらゆるスペースに建物が無造作に詰め込まれている。
未来のクーロン城砦と言えば想像がつくだろうか。
駅前は多少マシというもので、そこを少しでも過ぎれば建物の上に建物が乗り、街路の上を街路が横断する。
ゴミなどなく未来的なのがクーロン城砦との違いだろうが、それにしても詰め込みすぎという印象を受けた。
「どこでも好きなとこに住んでいいわ。場所を決めたら、あなたたちの家を運ぶから座標を教えてね」
「いや、まずは説明してくれよ。なんなんだこれは」
「なにって居住区」
「どう見てもスラムだろこれ」
「失礼な。言ったでしょ、都市船のパーツをかき集めて作ったって」
「まさか……その影響でこうなのか?」
つまりあらゆる居住区のパーツをパッチワークした結果、こんなことになってしまったと?
うん、とユリアが肯定した。
「その通りよ。でも酸素税とかもないし、家賃とかもなし。学校はないけど、自動教材はあるわ」
「ちょっと待ってくれ」
意気揚々と説明するユリアに待ったをかけて、シーナとルカを引っ張っていく。
「本当にここで大丈夫か? 嫌なら別のところに」
都市船は船であるから操船クルー用の区画もあるはずだ。
未来のクーロン城砦的ダンジョンで生活しなくてもいいはずである。
「ぼくはここでいいよ! 楽しそうだもん!」
「あたしも。お兄ちゃんが嫌ならついてく」
「いや、嫌じゃないなら良いんだ」
「話は終わった?」
「ああ。改めてよろしくお願いします」
「お願いします」
「します!」
「律儀ね。こちらこそよろしく。死ぬまで面倒見るわ。じゃあ、明日レースだからそのつもりで」
「そうだった。いきなりすぎるだろ……」
完熟訓練とかもなしにいきなりの実戦に放り込むとか鬼だ。
「撃墜王であるあなたなら行けるでしょ」
その信頼が怖い。
だが、信頼してもらえるというのならば応えたくなるものだった。
何より走れる。
「そうだな。なんとかするさ」
「決まりね。何が何でも一位になって」
「もとよりそのつもりだよ」
「負けたらうち破産だから」
「はあああああ!?」
てへぺろとでも言わんばかりにユリアがこつんと自分の頭を叩いた。




