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第5話 そこにいた相棒

 トーマはどうやらまだこのユリアという女のヤバさを正確に認識していなかったことを自覚した。


「都市船……」

「お兄ちゃん、あたしの頬ツネって聞き間違いかも」


 遠慮なくふにふにしている妹頬をぐにぃとツネった。

 体温高めのふわふわした頬肉の感触が素晴らしい。

 堪能しているとルカもとやってくる。


「ぼくもー!」

「いだだだ!? 夢じゃない! やめて! お兄ちゃん! ルカ!」

「柔らかくて」

「兄ちゃんがやってたから」

「もう! それで都市船って個人で持てるの?」

「俺より学校行ってるお前らの方が詳しいだろ」


 都市船。

 文字通り都市を内包した宇宙船。

 未開拓銀河への移民船や移動できる軍事拠点などに使われている。


「あんた帝国の都市長なのか?」

「まさか。落ちていたのを拾ったの」

「それは大丈夫じゃないだろ」

「冗談よ。本当は事故で壊れて放棄されていたいくつかの古い都市船からパーツをコツコツ集めて建造したのよ」

「駄目だろ、勝手に作ったら」


 都市船というものは間違ってもそこらの一般人が個人所有したり、企業が管理できるような代物ではない。

 きちんと帝国が管理運営していなければならないものだ。


「それが合法なのよ。都市船として登録してないから」

「都市船って言ったじゃねえか。違法だろ」

「でも、市長も置いてないし搭乗者から税金取ってないわ」

「それがどうしたんだよ」

「お兄ちゃん、それだと都市とは認められないんだよ」


 トーマが疑っていると、シーナがホロデバイスのウィンドウを持ってくる。

 表示されているのは銀河帝国政庁のホームページだ。

 都市運営法について簡単にまとめられている。

 シーナが読み上げてくれた。


「銀河帝国都市運営法によると、帝国が任命した市長を置いて住人に税金を納めさせてないと都市じゃないから通常の船籍登録で良いんだって」

「なるほど……つまりただのバカでかい船ってことになるのか。良いのか、それ……。普通向こうが登録しろって言って来るだろ」

「問題ないわ。船って大きいほど多く税金とれるからね、向こうは気にしないのよ」


 ユリアが力強く断言する。


「むしろ都市船として登録すると帝国側が損をするのよ」

「損?」

「お兄ちゃん、ここに書いてあるよ」


 シーナが小さな指先で示したページを覗き込む。


「えーっと……? 都市船登録された船は帝国によりインフラを整備して国民の為に都市としての体裁を保証しければならない?」

「それに船の所有者に船を貸与してもらうためのお金まで支払わないといけなくなるみたいだよ、お兄ちゃん」

「??? それは帝国の義務じゃないのか? 損も何もないだろ」


 ぴんと来ていないトーマにユリアが古い動画データを見せる。


「それがね……昔、法律を悪用して都市船のインフラ整備させて金まで貰った上で、都市船登録を解除して儲けるとかやった貴族がたくさんいたのよ」

「なんだそりゃ……」


 悪い法律の使い方というやつである。

 動画内では、他にも色々な法律悪用の特集が発表されていた。

 そして、動画の最後で警察が踏み込んできて捕まるというショッキングな内容で動画は締められている。

 なんだか自分たちの末路を見せられたみたいでいい気分ではなかった。


「だから、よっぽどでもないと都市船登録を強要しようとはしないのよ」

「あくどいことしてたら普通に逮捕されるだろ。動画みたいに」

「それがされないのよ。だって船の所有権が登録者本人で帝国に完全に帰属していない場合の船の扱いは所有者本人の権利だから」


 帝国統一時、協力した貴族や企業を繋ぎ止め分裂や独立をさせないために、私有財産への不可侵など様々な特権を一部認める法律を強くしすぎたことが原因であるらしい。


 都市船にしようとしたけれど、問題が起きて都市船にできなくなりました。

 整備してもらったのにすみませんと言われると帝国はどうしようもないのである。


 惑星上ならばまだしも、宇宙を漂う船の全てにまで厳格な管理はそもそも不可能であるということでもあるらしい。

 本当に大丈夫か銀河帝国と思えて来た。


 そんな銀河帝国に逆らうようなことをしようとしているのだから、銀河帝国はザルでいいのかとトーマはすぐに思い直した。

 

「でもありなのかよ、それ……」

「ありなのよね、これ。ほらそろそろ行きましょう」


 ユリアがにやにやと楽し気に笑いながら、都市船シリウスへと向かう小型艇に乗り込んでいく。

 トーマたちの家も貨物室に積み終わり、小型艇は都市船シリウス号へと向けて発進した。


「わぁあ、無重力だよ、無重力! 兄ちゃん、すごーいよ!」

「危ないぞ」

「わ、ぁわ、わわ」


 トーマはくるくる回るルカの脚を掴んで捕まえつつ、初めての無重力でバランスの取れないシーナの手を握ってやる。


「あ、ありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしまして。俺は慣れてるからな、慣れるまでは兄ちゃんに捕まってな」

「うん、わかった」

「ぼくは慣れたよー!」


 狭い船内をびゅんびゅん飛び回るルカ。

 紐でも腰に巻いておいた方が良いだろうかと思ったが。


「自由にさせておいていいわよ。壊れ物なんて操縦室にしかないから。操縦室以外で遊んでらっしゃい」

「はーい!」


 ルカは素早くトーマの腕から足を抜くと、びゅんと通路の向こう側へと飛んで行った。


「ルカったら……」

「元気でいいじゃない。あなたたちも遊んでていいわよ」

「俺は無重力で遊べる歳じゃねえよ」

「わ、わたしも」


 シーナの方は無重力に慣れてないから遊びとかそういう次元ではない。

 不安なのかずっとトーマの服の裾を掴んでいる。


「じゃあ、操縦室にでも行きましょう。この船でくつろげる場所なんてそこくらいだもの」

「そうだな。シーナもそれでいいか?」

「うん」

「んじゃ、抱える」

「えっ、ちょ、お、お兄ちゃん!」


 トーマはシーナをお姫様抱っこの要領で抱える。


「まだ無重力に慣れてないだろ。運んでやるから」

「だ、だからって……」


 シーナは恥ずかしさで顔を真っ赤にしている。

 その様をトーマはかわいいなとのほほんとした様子で横目にしながら、視界の端でこの船の構造の把握に努めていた。


 本当に小さな小型の貨物船だ。

 貨物室のほかは操縦室と軽い休憩室、仮眠室だけで作りも単純。


 これならば何かあっても隠れた兵隊なんてものは出てこないだろうと思いながらもしもの時に備えて脱出するためのルートを脳内に構築していく。


 操縦室は旧式の運送船のもので、戦闘用の機能は後付けされたようでパッチワークじみた構造をしている。

 現在はAI航行のようで自動モードのホロ表示が浮かんでいて、時折謎の美女が投げキッスをするというスクリーンセーバーが表示されていた。


「すぐに着くわよ」


 もう既に都市船シリウス号は目の前に見えている。

 まるで白い鯨のような船で全長数キロの極小型の都市船であることがわかった。

 トーマたちを乗せた小型艇はまるで呑み込まれるようにシリウス号のドッキングベイへと進入する。


「あ、あの」


 ドッキングベイに到着し小型艇の機関が停止するとともにおずおずとシーナが手を上げる。


「なに?」

「都市船として登録していないなら、この船のインフラは大丈夫なんですか……?」


 酸素や水などと言った生活必需品は、帝国が供給することになっている。

 酸素生成装置だとか、水生成装置とかろ過装置だとか。

 そういうものは全て帝国が製造している。


 しかし、都市として登録されていない船には帝国から与えられることはない。


「大丈夫よ、うちのエンジニアは優秀なの。壊れた酸素生成装置だとか、水の生成装置だとかを修理して使ってるわ」

「本当に大丈夫なのかそれ……」

「自己責任ってとこ。まあ、今まで事故は起きてないから大丈夫大丈夫」


 本当に大丈夫なのかと不安になる。

 今からでもこの小型艇を乗っ取り逃げるという選択肢があがってきた。


「お兄ちゃん、行ってみよう」


 シーナはトーマが危ないことをしようとした気配を察してぎゅっと抱きしめる。


「……大丈夫だと思うか?」

「でも、もうここまで来ちゃったし」

「わかった。そうだな、ここまで来たら居住区くらいは見て行かないとな。ルカを捕まえて降りるか」

「それじゃあ、もう一度。ようこそ、都市船シリウスへ」


 小型艇を降りたら検疫区画で検疫を受ける。

 妙に長ったらしい真っ白な廊下を歩くだけで特に疲れるようなことがなかった。

 この都市船の赦さを感じさせて不安になる。


 そうやって居住区画へと続くトラムに乗る。


「居住区には人工重力もあるから、座っておいてね」


 居住区に近づくにつれて、徐々にスピードが落ちていくのと共に重力レベルが加算されていくのを感じる。

 居住区画に到着するまでの間に、ゆったりと重力レベルが上昇して銀河標準重力値になるとともにトラムは停車した。

 おかげで人工重力区画に入ったというのに違和感がない。


 しかし、トラム駅の表示を見ると居住区ではなかった。


「ここは?」

「君の働くところ。まずは仕事の相棒を見せておかないとね。妹ちゃんと弟くんはここで待っててくれるかな?」

「わかった」

「はーい!」

「どこにも行くなよ」

「わかってるよ兄ちゃん」

「大丈夫だよ、あたしが見てるから」


 二人に動くなと言い含めてベンチに座らせてから、ユリアについて駅を出る。


 そこにはオイルの匂いや金属の匂いが充満していた。

 大量の工業製品の重厚な匂いが混じったそこは工業区画として設定されているのだろう。


 巨大な倉庫のような空間の中には様々な機械類が所狭しと詰め込まれていた。


 その中央をユリアは示した。


「あれがあなたの相棒よ」


 そこにいたのは骸骨だった。



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