第34話 エピローグ
コックピットハッチを閉じるとそこには宇宙が広がっている。
スカルフェイスのコックピットは、相変わらずだ。
密閉性をどう考えているのかと小一時間説教をしたくなるが、そこまでして削って速さを求めているトーマが言っては説得力がない。
むしろ、これが良いとすら思ってしまう。
安全性といった未来よりも今を選んだ結果だ。
結局のところ都市船シリウス号に無事に回収された後、特に変わったことは何もなかった。
感動の再会というのも特にない。
むしろヒェミィはぼろぼろになったスカルフェイスを見て、そっちに集中していたくらいだ。
マザー・シリウスはというと作戦成功を確信していたため、特に何事もなく通常業務に戻っていた。
ちなみにサザンカ・インダストリアルは事実上、先の処刑によって消滅したことになっている。
ユリアはまたも別人として逃げおおせ、広大すぎる帝国に生じる必然的な杜撰さによってトーマたちは今日もまた普通に生活ができているというわけだ。
大丈夫か、帝国と思うこともあるが、指名手配犯とかになって一生逃亡生活とかにならずに済んで良かったと納得すべきなのだろう。
そんなわけでチームサザンカ・インダストリアルはレルネン重工と改められトーマは今もレースに出ている。
ダブルコア理論に関してはユリアが裏で手を回した。
ユニバーサル・フレーム社とカッティング・デザイン社にダブルコア理論を無償で提供する代わりにレルネン重工を二社が合同で作り上げた実験企業ということにすることで今後もウェアクローズやエネルギーコアの開発ができるようにしてしまった。
ユリアと二社の代表との会合を除いていたわけであるが、よくもまあ舌が回るものであるとトーマは感心したほどだ。
これからも理論やら情報はくれてやるから指図は受けないし、自由にやらせてもらうという確約までさせている。
今ほどユリアという女の下にいることに安堵したことはない。
ともあれ、ほとんど状況を白紙に戻しながら、この宇宙の時間を一歩進めたということは大いなる前進であるのだろう。
おかげでトーマとしても張り合いが出ていた。
技術提供のおかげでトーマたちが持っていたアドバンテージの類はほとんど存在しなくなったのだ。
エネルギーコアの差が少なくなったことで勝負はパイロットの腕前が決めるように戻った。
相変わらず台本はあるが、その台本を覆す難易度があがったおかげでレースでは大いに苦戦させられるし、楽しませてもらっている。
ダブルコアは検証が行われ、量産化されている。
帝国軍では既にすべてのウェアクローズ、艦船含めて換装されたとカレンから聞いていた。
ほとんどの発注がユニバーサル・フレーム社とカッティング・デザイン社で大本である自分たちのところには何もなかったことだけ、ユリアは残念そうにしていた。
「――スカルフェイス起動」
赤い双眸が陽光に反射して煌めく。
『さあ、やってまいりました、ウェアクローズレース! 実況は皆さまご存じネモタリーリヴ。解説は――』
『そこそこでやってますパチオンEXです』
『今日こそ本気を出していただきたいところですが、んふふふ、今宵もまた楽しみましょう! さあ、もうすぐレース開始です!』
陽気な実況の通信をオフにして静寂を楽しもうと思ったら、別の通信ウィンドウが開く。
髪の色と瞳の色が変わっているがユリアだ。
髪色や瞳の色を変えて同名の別人として通しているらしい。
それで通せるのかと思うのだが、通せてしまっているのだから帝国というものは杜撰である。
広大すぎる領土、膨大すぎる人口というのも考えものなのだなとぼんやりと思いながら通信を確立する。
『準備は? 今日のレースも勝ってもらわないとシリウス号の税金支払いがヤバイのよね』
「またかよ。どうして毎回そうなるんだ」
『うちにまったく発注がないからよ! うちの利益のほとんどはあんたのレース賞金なんだから』
「なんて不健全な企業なんだ」
『零細も零細だし、社屋が都市船なんだから仕方ないでしょ。それにあんたは走れれば良いんだから好都合じゃない?』
「そうだな、俺は走れれば良いからな」
だが、この肩にいつまでも会社の存続が乗っているというのは正直勘弁してもらいたい。
台本を壊し続けているから、他企業連中から恨まれていて最近では命を狙われたりしているのだ。
他にも色々とあるから別ルートの利益が欲しい。
「なんにも考えずに走れるようになるのはいつのことやら」
『そう言って、いつも何も考えてないでしょうが』
走り出したらもう走ること以外には考えていないから問題ないでしょと言われてしまった。
困った、何も言い返せない。
『とにかく、勝つこと。良いわね』
「了解だ、クソ雇い主」
通信終了。
再びコール。
今度はヒェミィ。
忙しいことだ。
「どうした?」
『えへへ、き、機体の調子、どうかな、って』
「問題ないぞ。珍しいな、ヒェミィがそういうこと聞いてくるなんて』
『え、えへ、あっしだって聞く』
「本当の理由は?」
こういう時、普通なら何かしら甘い理由があるのだろうなと思うところであるが、トーマは知っている。
彼女に限ってそんなことはまるでないのだと。
『え、えへへ。じ、実はぁ、勝手に新機構つけちゃった』
「ほら見ろ」
また勝手に機体を改造している。
ここ最近はずっとだ。今度はどんな機能が付いたのやら。
『えへへ。今回はね武器つけたの』
「どこに」
データを見るにどこにも武器なんてものはついていない。
ファブリケーターで作り出すのかと思ったが、そうでもないようで。
「おい待て、ファブリケーターの代わりになんか変なのくっつけてるな?」
チェックした時には気が付かなかったが、ファブリケーターに良く似せて何か別のものが装着されていることに気が付いた。
『えへへ、エネルギー版のファブリケーターでね。ダブルコアの余剰エネルギーを使って武装を作る機構なの』
つまるところ物質化するほどの密度を持ったエネルギーを加工するための装置であるらしい。
これで積載量を増やさずに武器を使えるということ。
「はぁ……」
『えへえへ、勝手にしてごめんなさい……』
「最高だよ」
積載量が増えずに武器が積めるというのは非常に大きい。
どれも高エネルギー兵器という区分になるわけで、非常に強力だ。
『えへへ、やったー! ちゃんと使ってね』
「使う機会があれば――」
使うと言いかけて、近づいてきたウェアクローズを見て使うなと確信した。
『よう、トーマ。今日は勝たせてもらぜ』
『この私、ヴァン・ヴィテスこそが銀河最速であると証明に来たぞ!』
二機のウェアクローズがスカルフェイスの前に立ちふさがった。
「やれやれ……退屈しなさそうだな」
『それでは、レース開始ィィィィ!』
高らかなブザーと共に極上の時間が始まった。




