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第33話 宇宙の底の自由

 スカルフェイスは宇宙を漂っていた。

 その全身には無事なところを探す方が大変なくらいだった。

 コックピットブロック以外の大半は焼け付き、異形の姿がさらなる異形へと進化したかのよう。

 歪み切ってただただ漂うに任せている。


「無茶させ過ぎたな」

「本当よ」


 孤独な宇宙で二人は身を寄せ合っていた。

 逃げ切った安堵だとか、宇宙を漂うことへの不安だとか。

 スーツ越しに必死にお互いの体温を感じようと身体を密着させる。


 ユリアの鋭敏な皮膚感覚はスーツ越しでも正確にトーマの体温を感じることができた。

 とても高く温かいのは、走り抜けたことの興奮か、この状況への緊張とかだろうか。

 少しだけ、おかしくなってしまう。


「ふふ」

「どうした?」

「あんたが緊張してるなって思って」

「……そりゃするだろ」


 トーマは腕の中にいるユリアから目を背けてわずかに生き残ったモニターに視線を固定する。

 自分を見上げる彼女のを顔を見たら赤面しない自信はなかった。せめてもの抵抗だ。


「わたし数百歳のおばあちゃんなのに?」


 前世にはエルフという概念があったのである。

 見た目がわかけりゃ、なんとでも反応できるだけの下地がトーマにはあってしまうのだ。

 それを悟られないために、こんな時にそんなこというなという風な憤懣を顔に貼り付ける。

 ユリアは察しているのか、それを額面通りに受け取ったのか。


「…………」

「ふふ、ごめんなさい。こんな時にする話でもないわね。予定だと迎えは?」

「信号を出す手筈だったんだが」


 その機能は衝撃波から逃げる時の無茶と、マスドライバーの使用とで停止してしまっている。

 マザー・シリウスの計算外は、このスカルフェイスの耐久力だったのだろうか。

 あるいはこの状況がマザー・シリウスの計算通りだったりするのだろうか。

 何の目的かは知らないが。


「まあ、そういうこともあるわね。信号がなければ、ただでさえこの広い宇宙、見つけにくいスカルフェイスを探す羽目になる。どれくらい時間がかかるやら」

「スカルフェイスはステルス性が高いからなぁ。まあ、案外すぐに見つけてくれるかもしれないしな」


 マスドライバーの使用の際もほとんど見つからなかったのは、スカルフェイスのステルス性能が高いからであった。

 最低限以外はすべて削ったことで生まれたステルス性だ。


 おかげで自分たちの首を絞める羽目になっている。


「マザー・シリウスなら可能でしょうね。じゃあ、しばらく二人っきりを楽しみましょうか。酸素は少しは持つのだし」

「俺は疲れたよ。もう二度とやりたくねえ」


 背後から明確に迫ってくる死から逃げるのは二度目。

 一度目は逃げきれなかったが、今度は逃げきれた。

 なんだか、転生してからずっと背中に張り付いていたものがなくなったような爽やかさがある。


「はぁ……ありがとうね。助けに来てくれて」

「助けるだろ、普通に考えて」

「普通じゃないと思うのよね、あんたは優しい。良い拾い物したわ」

「それはどうも。それでやりたいことはできたのか?」


 トーマは、良い機会だからここで聞いておこうと思った。

 彼女が何を目的としてこのような事態を引き起こしたのか、銀河のような狭い空間の中で彼女を腕の中に捕まえるように力を込めた。

 ユリアは沈黙した。

 数百年は経過したかのような逡巡の後、亡霊の王女は静かに口を開いた。


「ぜんっぜん」


 太陽のような笑顔だった。

 好きな物も嫌いな物も知らないこの目の前の女は、まだまだ足りないのだとヘルメット越しに心音を聞くように耳をトーマの胸に押し付ける。

 トーマの早くなった鼓動に微笑みながら、彼女は語る。


「足りない。まだまだやりたいことはいっぱいあるの」

「数百年も生きているのにか?」

「時間はいくらあっても足りないもの。それに楽しかったのは最初だけね。ここ最近は、ずーっと何も変わらない。わたしは新しいものが欲しいのよ」


 見覚えのある銀河、見覚えのあるコロニー、見覚えのある街並み。

 どこへ行っても同じ場所に来たかのように錯覚する。

 宙域それぞれの特産品などはあるけれど、それくらいで他のものはだいたい一緒。

 この宇宙は全て統一された規格によって形作られているから。


「そうか?」


 トーマとしてはそういう感覚をあまり感じたことがない。

 別のコロニーなどに旅をしたらわかるのだろうか。

 あるいは別の宇宙にまで足を延ばしたらわかるだろうか。


 考えてみて、まったく想像ができなかった。

 トーマは同じでもまるで気にしない。

 走れればそれで良い。


「ふふ、あんたはそうかもね。わたしはもっと違いが欲しい。知らないものを見れて、新しいものが作り続けられる世界が良い」

「贅沢だな」

「知らないの? わたしはとっても贅沢者なのよ、だって王女なのだから。まあ、それも捨てさせられてわたしの生命記録ライフログには一切残っていないのだけれど」


 人生を記録する生命記録には、その人の人生が詰まっている。

 命じればAIがそれを一冊の伝記にしてくれるという。

 彼女のそこにはかつて王女であったという記録はない。

 知らない場所で生まれて、知らない場所で育って、知らない場所で生きて来たという知らない記録だけがある。


「それは……」

「あ、言っておくとわたしはそれを良かったと思っているのよ。王女なんて自由でもなんでもなかったし、好きなこともできなかった。国が消えて、歴史が消えて、個人のアイデンティティの全てが消えてわたしがわたしでなくなった時、初めて自由になれたと思った。あの時の感動をわたしは忘れられない」


 どこまでも自由に飛べるような気がしたと、懐かしむように。


 トーマも似たような気持ちは抱いたことがあることを思い出した。

 転生して前世の全てを失った時、トーマはまた走れるようになった。


「俺もなんとなくわかるな。全部失くしたあとに希望があるって感じは」

「そう! そうなのよね。ふふ、これわかってくれる人全然いないのよね」

「だろうな。俺だって……」


 転生していなければわからなかっただろうとは言わなかったけれど、静かに頷いて同意する。

 また走れるようになった、あの感動は忘れられない。

 全てを失って死んで、異世界に転生して得た初めての喜びなのだ。

 忘れられるはずがない。


「だから、新しいものとして新型ウェアクローズを作ろうって?」

「まあ、そこは後付けね。わたしとしては何でもよかったのよ。でも、ウェアクローズはこの世界にはなくてはならない衣服ものでしょう? これの新型なんてめちゃくちゃ注目されると思ったのよ」


 それとヒェミィを見つけたのが大きかったわね、と彼女は続けた。


「かわいそうだった。不自由にがんじがらめにされて、全てを押し付けられて。だから、自由にやらせてあげたかったの」

「なるほどな」

「そういう点だとあんたもそうよ。レースを見て、不自由そうだと思った。だから、スカウトしたの。パイロットはどの道必要だったから一石二鳥」

「面倒見が良すぎだろ、お前は」

「みんなより年上だからね。みんなには幸せになってほしいもの」

「その割に帝国を混乱を叩きこもうとしているが?」

「そうね」


 彼女はふっと、コックピットブロックの向こうの宇宙を透かし見るように視線を向けた。


「仕方ないわ。だって、わたしたちが感じた幸せは何かを失った後にあるものだもの」


 底にある幸せを求めるのなら、底に行かなければならない。

 この退屈で停滞した宇宙を進めるには、今ある平穏を乱してでも起爆剤を叩き込むしかないのだ。

 どうしようもなく破綻していると、彼女は苦笑する。


「これからもやっていくのか?」

「そうね、やめないわね。わたしが望む世界になるまでやり続けるわ」

「そうか……」


 ユリアが振り返ってその深い緑色の瞳をトーマに向けた。


「わたしを殺す?」

「……なんでだ?」

「わたしが厄介者で今の平穏を脅かす存在だから。あんたには、家族がいるからこの平穏を手放せないと思ってね」


 ぎゅっと彼女の手が無意識にトーマの腕を掴んでいる。

 そこに込められた感情はトーマには想像する他ない。

 ただトーマは呆れた。

 

「はぁ」

「なによ」

「呆れただけだ。俺は走れればそれでいい。そう言ったはずだ。走らせてくれるんだろ?」

「……わたしの方が呆れたわよ」

「まあ、そんなわけだから、もう二度とあんなことは言うなよ。一人で背負うのもなしだ」

「そうするわ。そうじゃないとまた助けに来られるしね」


 ふとスカルフェイスに影が差した。


「お迎えだ」

「そうみたいね」


 巨大な白い鯨のような船が二人の前に現れた。

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