第32話 逃げ
「消滅だと?」
「やつらはわたしを生かしておいて置く気なんてさらさらないのよ。処刑したくてたまらないの。だってわたしがいるだけで帝国分裂のリスクだとやつらは思っているから」
トーマは天を仰ぎながらもファブリケーターで作ったスーツを手渡す。
同時にパッケージの確保とスカルフェイス投下を申請する。
こうなればもうバレたところで問題にならない。
やつらはそれごと消滅させようとしてくるからだ。
「あれか、そいつらってのは前に言ってた」
「ええ、帝国元老院。帝国統一を成し遂げた皇帝の部下たちよ」
現代にまで生きている帝国に巣食うお歴々。
そいつらは未だに戦国時代を恐れているらしい。
「どんだけだったんだよ、戦国時代」
「それはもう酷い時代。コロニーを落とし合い、今では禁止されたブラックホール兵器が飛び交う魔の時代ね」
人の死が数でのみ計上され、認識される世の中でも天文学的数字の死には恐怖が生まれてしまったのだという。
絶滅への恐怖。人類という種がこの宇宙から消えてしまうという恐れが今の状況を生んだのだ。
分断、分裂を恐れ、世界が停滞しようとも規格から外れることを赦さない世へと。
「って、こんなこと話してる場合じゃないのよ!」
「既に要請は送ってるから、落ちてくるの待ちだ」
ユリアがスーツを着ると同時に轟音とともに天井が崩れ、スカルフェイスが現れる。
トーマたちに瓦礫が落ちないような侵入降下角度での突入で、ぴったり二人の目の前にスカルフェイスの搭乗口がやってきた。
「気持ち悪いくらい正確だな……だが、ありがたい」
トーマは飛び乗ってスカルフェイスを起動する。
「乗れ」
「作戦は?」
狭いコックピットに二人でぎゅうぎゅう詰めになりながら乗り込む。
こんな場合でもなければスーツ越しに密着していることや、ユリアの太陽に照らされた花のような香りにどぎまぎでもするところだが、もう数十秒もないカウントダウン表示にせかされている状態ではそうもいかない。
あらゆる手順を省略して緊急起動。
「しっかり掴まってろ」
即座に駆けだした。
スラスターもエネルギー圧縮解放も利用した、最大加速。
施設が遥か後方に遠ざかる。
それと同時、骸骨が疾走を開始したのと同時に天から光が落ちて来た。
「おおおおおお」
ぎゅっとしがみつくユリアの感触をスーツ越しに鈍く感じながらトーマは背に感じる圧倒的なまでの敗北を見据えていた。
光の柱が施設に直撃し、莫大な威力と衝撃が迫ってきている。
すべての時間が止まったかのような刹那の中、自分の鼓動だけが道標だった。
これで二度目だ。
自分が死にかけるのは二度目。
一度目は背後から迫る死に対して、逃げることすらできなかった。
己の脚はなく、走って逃げることすら許されなかったのだ。
それが今度はどうだろう。
鎧を身にまとった骸骨という立派な脚がある。
速い脚だ。
ヒェミィからもらった双子の心臓が何よりも速く脈動して、湧き上がるエネルギーは通常時の数百倍を超えてなおも上昇を続けている。
目一杯踏み込んだフットペダルをこれ以上もっとというようにユリアの脚が押す。
もっと前へとユリアの手が操縦桿を握るトーマの手を包んで。
スカルフェイスを通り抜ける風が、彼の咆哮を音にする。
背後へと抜けていくエネルギーたちが背中を押すしてもっと速く走れると主張した。
そして光が全てを包み込んだ。
●
衛星軌道上ステーションにて収容施設の監視任務に当たっていた監視員は、下の惨状を確認する。
照射範囲内のあらゆるものは消え失せて、巨大なクレーターが拡張されている。
「はぁ、任期終了間際でこれを撃つことになるなんてなぁ」
監視員は、たった一人の囚人の為にそれが行われたという事実に対しては、いったいどんな凶悪な犯罪者だったのかと興味以外には特に持っていなかった。
確認もそこそこで取りやめている。
本来の手順を省略させられて放ったために電磁パルスがレーダーやセンサー類のお目を閉じて、低度テラフォーミングレベルのおかげで処理されていない様々な砂塵があらゆる光学機器の仕事を妨げているのだ。
本来ならば惑星攻撃処理として惑星の大気を抜いたりなど様々な処理を行うのだが、上がさっさと撃てと強制的に射撃させたのが原因なので、監視員はもう知らんとデスクに身を投げている。
もはやステーションからは惑星上で何が起きたのかを正確に把握することはできない。
威力と効果範囲が高いために処理を怠るとこういう事態になる。
それでも一応、やるだけやるのみであったが規定通りのチェックも既に済ませてある。
確実に囚人は死亡。侵入者がいたという話であるが、逃げられたとは思えない。
「まあ、逃げたとしても他がなんとかするだろ」
ただでさえステーションのエネルギー砲の使用ということで、様々な手続きが待っているのだ。
上の命令とは言え、少しは手加減してほしいものだと監視員はやる気なさげに電子書類の束をAIの方へと放る。
大気中でのエネルギー砲の使用に対するクレーム処理はAIに任せるに限る。
「まったくどこから嗅ぎつけるんだよ、メディアの連中はよぉ」
監視員は面倒くさいという態度を隠そうともせず、目を閉じてAIに作業を丸投げした。
AIはマスドライバーの使用履歴を見つけたが、優先命令である事務処理が命じられたため、そちらの情報共有を保留にして処理に当たる。
その間に、履歴はいつの間になかったことになっておりAIはわずかに困惑というものを覚えたが、大気中エネルギー砲照射による影響演算に乏しい処理能力を割かねばならなくなったため、そのことについて考えを巡らせることはできなかった。




