第30話 惑星降下
ブリーフィングルームのホロモニター上には惑星地表面の立体データが表示されている。
収容施設は、広々とした荒野にできたクレーターの中に建てられていた。
テラフォーミングレベルの低い惑星であり、サイボーグでも生身で惑星上に出るのは推奨されないようになっている。
それは逃走防止策の一つなのだろう。
収容所から脱出してもすぐに荒々しい環境と薄い大気、限りなくないに等しいオゾン層が宇宙からの放射線を遮らずに地表へと降り注がせる大地が逃走を阻む。
惑星上に収容所を作るメリットは、そういう環境によって脱走を阻めるということと環境にすら適応して逃げ出そうに大気圏を離脱するための宇宙船が必要になるということがあげられる。
少なくとも無計画に脱出はできない上、惑星上にはレーダー網が完備されており、ステーションが監視を行っているので降下するのも一苦労だ。
『さらに、収容所上空には監視ステーションがあり、そこには緊急時マニュアルを実行するための大威力エネルギー砲が装備されています』
「何か問題があれば、それで地表を焼き払ってなかったことにするってわけか」
『肯定。母およびレルネン重工の関与を悟らせないために、こちらからの電子的攻撃による停止は不可能です』
「つまり?」
『トーマちゃんは脱走がバレた時点で上から撃たれながら逃げる羽目になります』
「逃げられるのか?」
『スカルフェイスの速度ならば可能かと思います。危険ですが』
「なら大丈夫そうだな。あとは俺の腕だろ? 行ける」
『母の演算結果もそう言っています』
マザー・シリウスがコンソールを操作すると、次に収容所が映し出される。
グリット表示されて、内部構造が露になっているようで、奥の収容室に光点が点滅していた。
『光学監視と銀河中の収容所のデータから予測される収容所の構造を作成しました。ユリアちゃんの収監位置を予測したものです』
「予想だろ、違っていたら?」
『内部に侵入したトーマくんが収集したデータをリアルタイムに解析してマッピングし、更新します』
「その通信が傍受される可能性は?」
『いくつかのコロニーサーバーと、予めユリアちゃんたちとで構築していたダミーの通信ラインを使うので、少々ラグが発生する可能性はありますが、問題ありません』
「用意周到な社長で助かるよ」
続いて大気圏突入用のポットが表示された。
ポットはまるで翼の生えた棺桶のようで、スーツを着た人が入り、大気圏へ落下して目標位置へ降下するようになっている。
『降下はこちらの装備で行っていただきます』
「降下ポットね。ステルス性は?」
「えへへ、あっしがやりましたぜ。バレないはず」
「信じるよ」
『まずはトーマくんが収容所の監視網に引っ掛からない位置へ降下していただき、徒歩で潜入。ユリアちゃんを確保と同時にスカルフェイスを射出します』
「それであとは脱出しろってことか。どうやって宇宙に上がる?」
マザー・シリウスが別のウィンドウを最大化する。
『惑星上に収容所を作る際に使用された物資搬出用のマスドライバーが存在しています。スカルフェイスに搭載した新機能にて脱出していただきます』
「使えるのか? 旧いんだろ」
『整備ドローンが稼働していることは確認しているので、一度の使用は可能でしょう。ですが』
「当然、敵もそこをわかってるからガードしているよな。わかった、突破する」
「えへ、がんばって」
「おう」
「えへへ、でも、どうやって見つからないように入っていくの?」
ヒェミィの疑問にトーマは楽しみにしてろとサムズアップで答えた。
惑星降下ポッドに装備とともに詰められれば気分は出棺である。
この個人用の惑星降下ポッドは銀河戦国時代に軍の特殊部隊が使う想定で開発されたものであるらしいが、最近は使われたことはない。
そもそも銀河帝国では惑星上に軍事作戦として降下することはないのだ。
臣民のほとんどがコロニーで生活しているわけで、そもそもこんなものがあること自体知られていないかもしれない。
よくもこんな古臭い代物のデータがあったと感心したくらいだ。
よくよく考えればマザー・シリウスは銀河戦国時代のものであるから、データが残っていても不思議ではない。
彼女が設計し直し、現代技術で作られた惑星降下ポッドは驚くほど快適であるが、驚くほど中に居たくないと感じてしまう。
『降下二十秒前』
シリウス号は遠い宙域で待機のため、ここに来ているのは無人の小型艇とトーマだけだ。
マザー・シリウスは特殊な通信ラインを使い、効果までのカウントダウンを行っている。
トーマは緊張をほぐすように深呼吸する。
これから生身で惑星に降下し、収監施設に侵入しなければならない。
正直なところを言うと、いくら元軍属と言えども恐ろしいと感じてしまう。
何度も息を吸って吐いてを繰り返しているとマザー・シリウスが心配そうに声をかけてきた。
『緊張していますか、トーマくん』
「ああ、している」
『気休めかもしれませんが、計算は完璧です。ポッドの動作も確認済みであるため、安全性は母が保証します』
「わかってる。でも、そうだとしても緊張はするんだ」
『母は無力です……』
「無力じゃないよ、こういう会話をしてくれるだけでも助かる」
『どうかご無事で』
会話のおかげでカウントダウンを乗り切ることができた。
体重が消えて宇宙空間に射出されたことを感じる。
この後は惑星の重力に引かれるまま、じれったいほどの宇宙遊泳の時間だ。
ポッド内部のモニターが惑星までの軌道を示してくれている。
ゆっくりとゆっくりと惑星軌道上をじれったいほど回って監視網にあるわずかな隙間へと向かっていくのだ。
音もない宇宙を流れていく。
何か計算が間違っていて、このまま宇宙の迷子になってしまうのではいかという恐怖が足下を冷やす。
その時、鋭い衝撃が走る。
大きな振動が内部のトーマをめちゃくちゃに揺さぶった。
酔い止めを飲んでいなければ吐いていたかもしれない。
大気圏に入ったのだ。
ポッドは翼を広げて現在進行形でマザー・シリウスが演算しているレーダー網の隙間を猛スピードで通過していく。
ポッドは猛スピードで地面へと突撃する。
ギリギリまで制動傘を開くことはできない。
衝撃で身体がバラバラになったりしないだろうかという不安は感じたと同時に解消した。
ギリギリまで引き付けて制動傘が展開したと同時に、ポッドに衝撃吸収用の脚が展開されて大地を踏みしめた。
衝撃は全てシステムが吸収し、内部にはほとんどなんともない。
空圧音とともにポッドが開き、トーマは惑星上に生まれ落ちたかのような感慨を得た。




