第29話 反逆罪
そのゴールを見届けたユリアは静かに、観戦ステーションの控室の椅子から立ち上がる。
「流石はオーダー通りね。満足だわ」
良いレースだった。
数百年ぶりに台本のない自由なレースを見せてもらった。
熱いという感情が背骨を伝うほどに熱狂した。
やはりこの銀河はもう少し自由にやって良いのだとユリアは髪を整える。
「十分種は蒔けたし、惜しいけれどここまでかしらね。まったくどれだけ臆病なのかしら」
何かを悟った表情はしかして諦観というわけでなく、うっすらとした微笑は儚く月光のように透き通った美しさを持っていた。
これから何が起きるのかをしっかりと理解して、それを受け入れているような表情は消え入りそうな色香を彼女に与えているようだった。
満足げに彼女は、拳を空へと突き立てるスカルフェイスが映ったモニターから背を向け入り口へと歩いていく。
一歩。一歩、噛みしめるように。
彼女がゆっくりと入り口の前に立つと重武装の兵士たちが扉を蹴破りなだれ込んできた。
徽章から帝国軍の正規兵であることがわかる。
よく訓練されたサイボーグたち特有の一糸乱れぬ行動は、まるで工業機械のように正確無比でさながら芸術の如くユリアを取り囲んだ。
指揮官らしき兵士が告げる。
「ユリア・サザンカ、帝国への重大な反逆罪で逮捕する。抵抗する場合は――」
「抵抗しないわ、さっさと連れて行ってもらえる?」
ユリアは抵抗せずに両手を差し出した。
何かあるのかと訝しむ指揮官であったが、スキャンなどを行った部下が首を横に振ると頷いた。
ユリアの手に部下の一人が錠をかける。
「連行する」
「優しく扱ってほしいわね」
「もちろん、帝国法に則って連行します」
「そう、それならいいわ」
ユリアは連行され、姿を消した。
●
都市船シリウス号に戻ったトーマを待っていたのは、ユリアの逮捕という現実だった。
夢の時間は即座に終わりを告げて、トーマは何が起きたのか混乱したまま、ようやく口を開けた。
「何が、あったんだ」
「えへ、わから、ない……」
『母が説明します』
マザー・シリウスによればステーションで観戦していたユリアの下に帝国軍が現れ連行されたのだという。
その理由は、わからないわけではない。
サザンカ・インダストリアルは無許可でのエネルギーコア製造を行ったのだ。
確かに反応があってもおかしくはない。
ないが。
「早すぎる。もっと前から目をつけられていたいたいじゃないか」
『はい。つけられていたのでしょう。元老院の方々に。そのため、ユリアちゃんは帝国に対する重大な反逆罪での連行です』
「元老院……反逆罪」
銀河帝国統一時の家臣たち。
彼らの恐怖はトーマが想像していたよりも強烈であったらしい。
ただエネルギーコアを密造したというだけで、帝国に対する重大な反逆罪で問答無用の連行とは行動が早い。
ただ、トーマは疑問を感じてニュースウィンドウを見る。
ウィンドウに表示されているニュースでは、既にサザンカ・インダストリアルの社屋にまで捜査の手が伸びているとのことだった。
「シリウス号には捜査の手は伸びてないし、俺たちも指名手配みたいなことされていないよな?」
「えへ、ネット上でもユリアのことしか言ってないえへ、えへ。なんでだろ?」
『もとよりサザンカ・インダストリアルの社員はユリアちゃんだけです。あなた方のことはヒェミちゃんを社長としたレルネン重工の社員ということで届け出を出していますので。この都市船シリウス号もまた、同様にレルネン重工の所有艦ということになっております。納税に関しては母とユリアちゃんが代理人として対応しておりました』
「えへ? え?」
『スカルフェイスは既にダミーが接収されております。帰還時にダミーとすり替えを行っておりましたので、問題ありません。搭乗者のトーマくんのデータも最初から偽物が登録されています。帝国軍情報部が調べてもトーマくんに行きつくことはありません』
色々と待てと言いたいことばかりだった。
『またシーナちゃんとルカくんに関しても、サザンカ・インダストリアルでの登録ではなく、レルネン重工としての登録ですので、彼らに類が及ぶこともありませんのでご安心ください』
「ずいぶんと用意周到にやってくれるじゃないか」
『ユリアちゃんはとても優秀ですので』
「最初から、自分一人が背負うつもりだったのか? 俺たちに死んでもらうとか言いながら、こうするつもりだったのか?」
『ユリアちゃんの本心はわかりませんが、あの子は優しい子です』
「あいつ……」
自分勝手なやつだ、とブリッジにあるシートにどかりと腰掛ける。
ヒェミィはどうしようかと迷った後に、トーマの目の前の床にしゃがみ込んできて顔を覗き込んできた。
「えへ、ど、どうする?」
「どうするって?」
「えへた、助け、行く?」
「行けるのか? どこにいるのかわからないだろ」
『ユリアちゃんのIDは追跡しているのでわかりますよ』
ホログラムモニターのウィンドウに座標と宙域図が表示される。
えらく辺境の惑星に彼女はいるらしかった。
トーマは考える。
助け出すことは可能か。
助け出したとして脱出は可能か。
脱出したとしてその後の後始末は可能か。
「俺なら施設に侵入可能だが脱出は」
いいや、違う。考えるべきことはそういう実行手段やら実行可能性ではない。
もっと根本的な彼女を助けに行くのか、行かないのかをトーマは考えなくてはならないのだ。
やれるかやれないかは常にその後。
まるはやるのかやらないのか。
そこの決定からでなければ、人は動けない。
「えへ、優しい」
「何がだ」
「だって、助けに行く方法考えてる、えへへ」
違う、そうじゃないと否定しようとしたが、確かに自分はどうすれば助けられるかを考えていた。
惑星上への降下法から、その後の脱出にまで思考は移ってから、気が付いて助けるか助けないかを考えようとした。
先に助けるがあったのだ。
自分の中ではどうやらユリアを助けることは決まっているらしかった。
「……そうだな。やりたいことさせてくれたからな」
「えへ、うん。いっぱいさせてくれた。ユリアのやりたいことさせてあげないと」
「十分やりたいようにやってたみたいだけどな」
「えへへ、でももっとやりたいでしょ」
「そうだな」
今回のレースも最高の気分だった。
これで終わってもいいとすら思うが、すぐに次がやりたくなる。
満腹になるまで食ってもしばらくすればまた食べたくなるおと同じように、やりたいと思うことに際限はない。
「よし、行くか」
『進路設定済みです。降下ポッドの用意もできています』
「準備が良いマザーで助かるよ」
「えへ、あっしはどうしやしょう?」
「そうだな、こんな機構を作ってほしいんだが」
さっき走った結果からできそうだと思うことを伝える。
「えへ、わかった! 作って積んでおく!」
ヒェミィが髪を振り乱しながら走っていく。
「さて、待ってろよ、ユリア」




