第28話 骸骨は笑う
加速加速加速。
シートに身体を押し付け、潰そうとする加速度がさらに増していく。
狭まる視界の中で見えるのはほぼ壁に見える直角に曲がれと言わんばかりのカーブ。
スカルフェイスの加速とウォーマシンの加速は同時。
「望むところだ」
お互いにチキンレースの了承は済んでいた。
あとはどちらが死ぬのを恐れないか。
死ぬ気はない。
走るのを止める気もない。
トーマはバカげたことを考えていた。
『えへえへ、このままじゃぶつかるよ』
「だから、加速しているんだよ。マザー、少しだけ壁に向けて道を作ってくれ」
『母にお任せください』
スカルフェイスのAIはマザー・シリウスを使用していた。
おかげで、以前よりもこの無茶苦茶なスカルフェイスを動かすのが楽だ。
恩恵は自由。
限定的な演算能力しかない内蔵のAIと違って数十億の住人を管理する銀河級ハイスペックのAIによる補助は走行中のプログラムの変更も可能。
スカルフェイスの脚からプログラムを流し込む。
舗装路を少しだけ拡張。
壁に向かって緩やかに上るだけの道を作った。
「上出来だ!」
そこへとスカルフェイスは突っ込む。
スカルフェイスはその高い出力で壁を走った。
同時に、ウォーマシンもまたブーストを使った連続ターンを披露する。
一切の減速なしに彼女は直角にカーブを曲がる。
「無茶苦茶やるな、カレン!」
「相変わらず無茶な奴だな、トーマ!」
通信は繋がっていない。
だが、お互いに同時に叫び、同時に次のカーブを曲がり、直線へとなだれ込む。
ここからはゴールまで続く長い長い直線だ。
後続が追いついて来れば、砲撃が再開される。
そうなれば、回避に否応なく軌道を取らされるスカルフェイスは不利だ。
「ここだ」
直線に入ったその瞬間こそが、勝負だとカレンは確信した。
スカルフェイスはここを逃せば後続の砲撃にさらされる。
回避に思考を裂いて、機動を裂けば、そのわずかな差でウォーマシンが勝つ。
だからここだ。
己の手で勝負を決められるポイントであり、トーマが仕掛けてくるポイント。
ここでならば勝負ができる。
逆に言えば、ここを過ぎればトーマの背に手は届かないのだとカレンは操縦桿を真横に倒した。
ブーストの威力を横の運動に変換。
急激な慣性変化にサイボーグの肉体が持っていかれそうになるが、それをプログラムで強制制御。
歪まずブレない視界と制御を誤らない精密な手が望んだ通りの無茶なコマンドをウォーマシンへと叩き込む。
「斬り裂けェ!」
ブレードが形成される。
曰く、特殊な機構がブースト時に発生するエネルギーを吸収しそのまま威力へと転換するという代物。
ブレードという近接兵装に命を賭けたという連中が作り出した絶刀。
ただでさえブースト連続使用で速度を出していた最中での使用だ。
その全てを威力へと変換すれば、スカルフェイスが纏うシールドを切り裂き、そのフレームすらも両断するだろう。
刃は吸い込まれるようにスカルフェイスの腰の辺りへと向かい――。
「こ、こだァ!」
エネルギーの鎧に包まれたスカルフェイスのマニュピレーターがその刃を挟み込んだ。
莫大なエネルギーがぶつかり合い、衝撃がに気を吹き飛ばす。
「なァ!?」
「こんのっ!」
全身の姿勢制御スラスターを全開にしてウォーマシンはどうにか体勢を立て直す。
スカルフェイスはまるで曲芸のように空中で回転すると、壁に着地し物質化したエネルギーをアンカーに壁を走って加速とともに舗装路に復帰。
「行く!」
「行かせるかァ!」
加速はやはりブーストの方が速い。
ウォーマシンの全身各所が悲鳴を上げていた。
ブーストの連続使用で軋んでいたところに先ほどの無茶なブレード攻撃。
比較的柔らかい関節部からはこれ以上はやめろと抗議するようにアラートが鳴り響いている。
「知るか! 勝つんだよ!」
カレンはそんな抗議の全てを突っぱねてブースト継続。
スカルフェイスに追いつき、追い越し勝利に手を伸ばす。
「――ッ!!」
その時、カレンはもはや加速で機体を叩く風の音しか聞こえないような超高速の中で、世界そのものを凍らせるかのように冷たい漆黒の骸骨の嗤い声を聞いた。
「ラストスパートだ」
フットペダルを目いっぱいに踏み込む。
エネルギー装甲に風が当たる凶悪な音が耳に心地いい。
苦しみがなく走れることは、喜びのほかにブレーキを粉砕してくれる。
まだいける。
もっと行ける。
もうやめた方がいいという苦しみはここにはない。
加速で狭まる視界。
もはやぼんやりとしか世界は見えないなか、ゴールだけがはっきりと見えた。
「見えた」
まっすぐ走るのにいらないものは全てシャットダウンして、装甲も解除する。
その瞬間、高圧縮したエネルギーが、圧縮状態から復元される。
爆発したかのような衝撃がスカルフェイスとトーマと叩く。
気絶しそうなほどの衝撃が背中を押した。
「トーマ!?」
文字通りスカルフェイスが爆発したようにカレンには見えた。
だから、思わず振り返ってしまった。
スカルフェイスが笑ったかのようにフレームが唸りを上げる。
たった一歩が、まるで瞬間移動のように先へと進んだ。
少し後ろにいたはずのスカルフェイスは気がつけば前にいた。
「ああ、くそ……」
カレンは確信してしまった。
もう追いつけない。
土壇場で後ろを振り返ったのは致命的だ。
これが命がけの戦いの中であれば、カレンはそんなことはしなかっただろう。
命を奪うことのない失われることのないレースであったからカレンは振り返ってしまった。
「やっぱ向いてねえな、私には」
そして、その瞬間は訪れる。
もう誰にも止められない。
エネルギー爆発の超越的な加速のままゴールへと突っ込んでいく。
「俺の勝ちだ」
世界がスローモーションのようにとどまって、ゴールを通り抜けた瞬間、再加速する。
『ゴォォォォル!! 勝ったのはなんとなんと、スカルフェイスだ!』
「はっ――」
ステーションから銀河中を震わせるほどの実況の宣言にトーマは満足げな表情を浮かべる。
全力を出し切った走りだった。
勝つか負けるかのひりつきを存分に味わうことができた。
そしてその勝負を勝ちで終えることができたことは、身体中の細胞が歓喜を叫ぶのに十分すぎた。
脳内を駆け巡るってスパークする甘美な勝利。
興奮が弾ける度に、陶酔感が吐息とともにコックピットを満たして呼吸とともに全身を隅々まで駆け巡っていく。
鳥肌が立つほどに恍惚で天に昇る心地。
乱れた呼吸もスーツの下を伝う汗の不快さも、今はただただ気持ちがいい。
『だー、負けた負けた』
「いい勝負だった。またやろう」
『もうやらねえよ。私には向いてねえ』
「十分向いてると思うんだけどな」
『私には、戦場の方が向いてるよ。ここは生ぬるい』
「十分熱い場所だぞ」
『もっと刺激が強いのが良いんだよ。もっときつくて苦しくて心を削るような、な』
「マゾかよ」
『ぶっ飛ばすぞ。今度は戦場で会おうぜ』
「俺はごねんだよ」
けっ、なんでだよ、とウォーマシンがその辺の岩石を蹴っ飛ばして拗ねたように去っていくのをトーマは見送る。
『母です。座標を送りましたので、そこにある格納庫で帰還してください』
「了解」
トーマはゆっくりと歩いていくことにした。
勝利の余韻をゆっくりと感じていたかったから。
「次は、どんな走りができるかな」




