第3話 歴史と技術が問題
数百年前、帝国はいくつかの銀河系に分裂して争っていた。
いわゆる銀河戦国時代という奴で、天下統一を果たしたのが初代銀河皇帝。
名前は長ったらしい上にろくに学校も行っていないトーマは覚えてない。
唯一覚えていることは、彼が銀河だけでなく様々な概念や規格を統一し、銀河帝国標準規格として定めたということ。
だいたい始皇帝だなで覚えた。
それで皇帝は帝国統一を助けたユニバーサル・フレーム社の開発したウェアクローズを標準規格として定めた。
以降数百年、現代に至るまでウェアクローズに大きな変化はない。
制御システムやコアエンジンなどは時代に合わせて最新のものへとアップ―デートされているが、それ以外の駆動系やマニュピレータなどの部分は変わっていない。
この辺は軍でエンジニアに聞いた話だ。
その規格統一っぷりは凄まじい。
なにせスペースデブリ化している数百年前のウェアクローズの部品を引っぺがして応急処置して戦線復帰なんてことができてしまう。
任務中にやったトーマとしてはそんなにない話だと思ったのだが、割とよくある緊急処置だった。
なんなら戦闘中に敵の腕引っこ抜いて付け替えたりしたやつもいるとかで、引いたくらいだ。
そういう事情もあって、今の時代は武装や装甲面での開発や既存機の改造が主となっている。
数百年変わらないだけのことはあるバランスの出来で、これ作ったやつ転生者でチート持ちだったのではと疑ったくらいだ。
そのせいか残念なことに完全な新型機を作ろうという奴はいない。
「作るのよ、新しいウェアクローズを」
だから、その言葉を聞いてトーマは深く席に座り直した。
「それがどういう意味か分かって言ってるんだよな?」
「もちろん」
「皇族への反逆に等しいんじゃなかったか?」
「別に法律では禁止されていないから問題ないわよ」
「そうなのか」
それは知らなかった。
同時に疑問が浮かぶ。
「じゃあ、なんで新型は作られないんだ?」
ユリアはトーマの目の前で右手と左手の人差し指を立てた。
「歴史的な理由と技術的な理由があるわね。どっちから聞く?」
「じゃあ、歴史で」
「良いわ。まず帝国統一時代。銀河帝国標準規格が定められたのだけれど、 そこから外れたもの、外れようとするものを弾圧した」
テーブルのコンソールがユリアによって操作され、古いアーカイブから画像データがホロウィンドウに表示される。
それは古いジャーナルのようで、読んでみると新型機開発中の事故によって開発中止と言った内容の記事ばかりであった。
弾圧というと憲兵によって不当に拘束されたりやらなんやらを想像していたわけであるが、思ったよりも事故やら犯罪発覚やらの記事ばかりだ。
「弾圧というか事故が多発しまくってるようにしか見えないな」
ユリアがにやりと笑った。
「じゃあ、これとあわせて見てみるといいわ」
さらにもう一つホロウィンドウを投げ渡される。
新型機開発開始時期のまとまった表だった。
言われた通りに二つを比べてみる。
「おいおい、これって」
「わかった?」
「全ての事故が開発開始の翌日に起きてるじゃないか」
その通りとユリアが手を叩いた。
「新型ウェアクローズを作ろうとすると《《なぜか》》次の日には酷い事故が起きるの」
「どう考えてもこれは……」
人為的だ。
しかし、警察が捜査に動いたという記録はどこにもなかった。
嫌でも気が付くというものだ。
「しかも新型を作ろうとしたが、技術が未熟で事故が起きたとメディアは言うのよ。そんなことが続くと誰も作らなくなっていった」
「なんでそんな回りくどいことをしたんだ? 法律で禁止すればよかっただろ」
「禁止ってバフなのよね」
禁止されれば、人はこう考える。
『禁止されるほど魅力的なのかもしれない』と。
「そうやって逆に開発が加速することを恐れたんでしょう」
「なんでそんなことを?」
「当時の皇帝とその側近は分裂を恐れていたのよ」
既存の体制から独立し新しい道を行こうとする行為が、再びの戦国時代への回帰を想起させたのだろう、とユリアは溜め息を吐いた。
「それが現代まで続くのかよ」
数百年は長い。
その間に色々変わるものだろう。
たった数十年でコンピュータが普及し、携帯電話はスマートフォンになっていった世界を知っているだけに信じられなかった。
ユリアは当然でしょと指を組む。
「だって統一からまだ数百年よ。皇帝は亡くなったけど長命処理をしたお歴々は生きているもの。まだまだ恐怖は現役ってことよ」
この世界、長命処理とかあったのか。
トーマはあまりも自分とは縁遠すぎて知らなかった。
しかし、わかった。
そりゃ当事者がいるのなら現代まで続くだろう。
一般人にとっては歴史の出来事でも彼らにとっては昨日の出来事なのだ。
「まあ、それが歴史的理由」
「技術的な方は?」
「単純にユニバーサル・フレームの作ったウェアクローズがとんでもなく優秀だったってだけなのよね」
ユニバーサル・フレーム社が作ったウェアクローズの構造は奇跡と称されている。
「運動性能、耐久力、拡張性、あらゆるステータスのバランスが取れていた」
トーマは頷く。
乗っているからわかるのだが、ウェアクローズはどんな状況でも平均以上の能力を期待できる万能性を有している。
そのバランスの良さは異様なほど個性がないと言われるほど。
だからこそなんにでも使える。
どんなことでも八十点以上はとれる。
器用貧乏どころか器用長者。
それが帝国標準規格ウェアクローズだ。
「おかげで何か変えようとしたら逆にバランスが崩れる」
運動性をあげようとしたら、別のステータスが下がって結果として劣化した。
それでは新型の意味がない。
「今でも超えられていないのだから、新型なんて夢のまた夢ってわけね」
だから企業は武装の開発に終始しているというわけだ。
「それを変えようって?」
「そういうこと」
「何故だ?」
「したいからよ」
吸い込まれてしまいそうなほど濃い翡翠の瞳が真っすぐにトーマを見据えた。
「誰にも破れない壁があるのなら乗り越えたい。ただそれだけよ」
「それで弾圧されるとしてもか?」
「やりたいこともやれずに生きていくより何倍もマシでしょ」
「そんなことに他人を巻き込むっていうのか?」
「ええ、わたしと死んでもらうわ」
「イカれてるな」
「自覚してるわ」
なんて厄介な女だ、と内心で呟く。
だが、惹かれている自分がいることにもトーマは気が付いていた。
ただやりたいという気持ちがわかる。
やりたいこともやれずに生きていくことの辛さも知っている。
トーマは天井を見上げた。
「ここまでの説明は理解したわね? もう一度聞くわ。スカウト、受けるかしら」
ユリアはそっと右手を差し出した。
トーマはその真っ白で小さな手を見つめ。
「……家族と相談してからにしていいか?」
盛大に日和った。




