第2話 出会いは破滅への舗装路
トーマ・ソウジロウには前世の記憶がある。いわゆる異世界転生という奴。
ただそれで得だったことはさほどない。
なぜなら転生した世界は宇宙中に人類版図を拡げた宇宙SFな世界だったからだ。
恒星間飛行が当たり前の時代では、二十一世紀の日本の技術とかは役に立たない。
そもそもがただの日本の高校生であったのだからそれ以前の問題なのだが。
トーマの前世はただ走るのが好きな少年だった。
高校で陸上をやって努力して、ようやく大会に出るってところで事故に遭って歩けなくなり、最後は災害で逃げられずに死んだ。
無念であったが転生できたと気が付いた時にはまた走れると飛び上がって喜んだものだ。
喜び過ぎた結果、ベビーベッドから落ちかけて両親を大慌てさせたのは黒歴史である。
しかし、走ることは簡単ではなかった。
この世界でアスリートをやるには生まれる前からの肉体強化か、後天的なサイボーグ化が必須だった。
しかも常に最新最高の肉体にアップデートを重ねなければ勝てない世界。
その分の改造費と維持費は莫大の一言。
トップアスリートの身体はまさに贅沢品で、朝起きたら自分が盗まれていたなんていう話まである。
トーマの出身は辺境のコロニーで両親もそれほど裕福ではなかったため、遺伝子改造やらの強化はされておらずサイボーグすらも難しかった。
さらに両親が早くに宇宙怪獣に襲われて死んでしまうという不幸が重なる。
妹と弟がいたトーマは走るどころではなく、自分と彼らの生活の為に働かざるを得なくなってしまった。
だから学歴がなくても入れる軍に入りウェアクローズのパイロットになったのだ。
そして、軍を辞めた後にレーサーになった。
せめて自分で走るのは無理でもウェアクローズに乗って走ることはできたからだ――。
「ちょっと聞いているの?」
自分が美少女と一緒にいるという事実があまりに想像の埒外すぎて走馬灯的現実逃避をしていたらしい。
そんなトーマを咎める風鈴のような澄んだ声色の一言が引き戻す。
正直聞いていなかった。
ただ相手は美少女だ。
ちょっと良い格好したくてなんとか口を動かす。
「……あ、ああ」
ダメだ、生返事になってしまった。
これでは聞いていなかったことがバレバレではないか。
だが、トーマにはこれが限度だった。
なにせ雨も上がるような美少女についてきてと言われ、ついて行ったら小さなお店の個室で対面で座っている。
前世も含め女性との交際経験など皆無なトーマには、否応なく意識させられどぎまぎする状況なのだ。
気の利いた言葉など脳内から湧き出すはずもない。
ユリアは呆れたように溜め息を吐いた。
トーマにはそれがもう死刑宣告のように思えてしまう。
頭の中は、やばい、どうしよう、どう挽回する? というか、何を言えばいいの? と大混乱状態だ。
「はぁ、聞いてなかったことを少しは隠しなさいよ」
「…………」
ごめんの一言も緊張して言えない!
これが転生して人生二回目だと思うと泣けてくる。
せめて心構えをする時間が欲しかった。
もっと言えば銀河帝国標準時刻で一日ほど――つまり二十四時間――時間を置いてしっかりと女子との会話の予習などを妹様と練習したかった。
そんな思いはまるで届かずユリアは、改めてホログラム名刺を差し出した。
豊かな髪を後ろへと払いながら彼女は高らかに告げる。
「良いわ。じゃあ、最初からもう一度。わたしはユリア・サザンカ。サガンカ・インダストリアルの社長で貴方をスカウトに来たのよ」
「…………」
なるほど、《《リクルート》》だ。
トーマは軍にいた頃に経験している。
同じ風にやればいいと理解すれば、頭の奥にあるスイッチがすっと入った。
「わかった。やる」
「ええ、そうでしょう、まずは説明を――やる!?」
ユリアがはぁ!? と両手をテーブルに勢いよく突いて立ち上がる。
トーマはそれを見て首をかしげた。
「俺をウェアクローズのパイロットとしてスカウトするんだろ?」
「そっ、うだけど! まだその説明もしてないわ!」
「俺がスカウトされる理由なんてそれ以外にないだろ」
学歴なしの元軍属のパイロットを、民間の社長が別の案件でスカウトすることがあるのなら教えてほしいくらいだ。
「そうだとしても、説明を聞かないのは危ないわよ!? 世の中には悪い人がいっぱいいるんだから!」
「あんたは悪い人なのか?」
そう聞きはしたが、悪い人がいっぱいいるんだからとこちらを心配するようなことを言っているあたり人の良さが隠せていない。
もうトーマはこのユリアという女を信用できるカテゴリにファイル分けしていた。
このカテゴリにいる女性は今のところ軍基地の食堂のおばちゃんと清掃のおばちゃんと妹様くらいである。
「ち、がう、けど! そういうことじゃ、なくて!」
「なら問題ないだろ」
トーマとしてはスカウトは渡りに船だ。
家を取り仕切っている妹様に失業を報告するより転職を報告する方が兄としての威厳が死守されるのである。
「ああもう! 色々考えて来たのに!」
「台本通りってのは嫌いなんだ」
「ええ、そうでしょうね! あのレース内容を見てたらわかるわ」
「見てたのか。それで良くスカウトする気になったな」
それともレーサーとしてのパイロットではなく、傭兵としてのパイロットだろうか?
もしそうなら格好悪いなと思いつつユリアの反応を待つ。
返ってきたのは予想外の答え。
「だから良いのよ」
「何が」
「わたしもああいう台本は嫌いなの。一緒にぶち壊しましょう、この世界を」
「何を言っている」
頭がおかしいんじゃないかと思って、腰が浮きかける。
だが、次の一言で全てが吹き飛んだ。
「作るのよ、新しいウェアクローズを」
それは帝国標準規格を定めた帝国への反逆にも等しい宣言だった。




