第25話 レース直前
コックピットハッチを閉じるとそこには宇宙が広がっている。
スカルフェイスのコックピットは相変わらずだ。
気密性すらも削って速度の為に身を捧げている。
起動とともに立ち上がっていくモニター群によってこの宇宙はさらに輝く。
惑星ストラーダのスタートラインには既にスカルフェイスを含めた十機のウェアクローズが並んでいる。
やはりスカルフェイスのような異形は他にはいない。
「コア出力安定。システムオールグリーン――スカルフェイス起動」
惑星地表上には今回のコースが形成されている。
《《舗装路》》だ。
惑星地表そのまま用いるのではなく、今回は走るための道が用意されている。
ステーションから散布された小型の機械たちが昨晩のうちに作り上げたものだ。
このレースではエネルギーコアの純粋な出力を見せつけるためのものであるため、なるべく他の要因を失くすためにわざわざコースを作っている。
特殊プラスチックのように見える舗装路は電気信号を送ることによって自由自在に形を変える機能を持つ。
それ自体が生きた機械たち。
彼らはウェアクローズたちを走らせることに栄誉を感じるのだろうか。
そんな普段なら考えないようなことを考えて、トーマは自分が緊張していることに気が付いた。
ヒェミィが作った理論が形となったエネルギーコアを背負っての参戦。
負けられない一戦。
そんな気負い方をしているのだろう。
「駄目だな」
気負っていると足が鈍る。
好きに走れば良い。結果を考えるのはその後だ。
務めて緊張をほぐそうとしていると好都合な通信回線が開く。
『よう、トーマ。実物見ても思うが、けったいなもんに乗ってんな』
「カレンか。だが速いぞ」
カレンが乗っているのは現行機だ。
ところどころカレン好みの武装に変更されていることがわかる。
弾幕主義者である彼女は、大量のミサイルポッドと大量の砲を背負う。
こんな彼女をレースアイドルとして売り出しているカッティング・デザイン社はぶっ飛んでいるとしか言いようがないだろう。
あるいはそういうギャップを狙っているのかもしれない。
登録名はウォーマシン。
彼女は乗る機体に全て同じ名前を付けている。
戦争の道具。
カレンにとってウェアクローズは、戦うための道具でしかないという宣誓。
台本によれば、今回の主役は彼女だ。
カッティング・デザイン社が新たな圧縮ヴィスニウム結晶のカッティング手法を確立した。
今回はそのお披露目である。
出力は従来の一.二五倍という話。
この重武装でも十二分に勝てると踏んでいるのだろう。
もちろんスカルフェイスがいなければ彼女が勝ったはずだ。
大量の兵装を扱えるだけの高い出力。
従来のものよりも優れたエネルギーコアの全てを発揮するために彼女は、この場にいる全てを破壊する。
台本を読んでみて、確かに彼女にぴったりだと感心しながらスタートに備えて機体のチェックをもう一度行う。
『武器は?』
「積んでない。遅くなるからな」
『おいおい、それでどうやって戦うんだ?』
「速さがある」
『それはこっちにもあるんだ。もう逃がさない』
それはなんだか実感こもったというか恨み節のこもったような言い方で、思わず背筋に冷や汗が流れて行った。
できればそんなことはごめん被りたいものだ。
お嬢様育ちの猛獣の手荒さは身に染みている。
「負けたら奢りだからな。悪いが逃がさせてもらうさ」
『ぜってー吠え面かかせてお高いお肉を奢らせてやるよ』
「そいつは勘弁だ。俺には金がないからな」
ブザーが鳴る。
スタートラインにつけという合図だ。
『ぜってー奢らせてやるよ』
「断る。見てろよ、圧倒してやるから」
そう言って、指定されたスタートラインへとやってくる。
誰もがウォーマシンの勝利を確信しているのだろう。
コックピットの装甲越しに感じる弛緩した空気。
台本通りにすればいいというレーサーの常識がそんな空気を醸造しているようだった。
先ほどまで感じていた気負いも緊張もいつの間にか消えていた。
あるのは衝動のみだ。
走ることへの衝動。
だが、それで満足ではない。
今は走るだけでは足りないのだ。
「やる気を出させてやる」
この弛緩した空気の中で相手を圧倒するなんてことは簡単だ。
それは楽な仕事であるが、トーマが望むのはひりつくような競い合いでもある。
簡単にとれる一位よりも競り勝ってとった一位の方が遥かに良いものだ。
だから、聞けよ、凍り付かせてやるというようにフットペダルを踏み込んだ。
「見返してやろうぜ、ヒェミィ」
スタートの直前、骸骨が笑っているかのようにスカルフェイスのエネルギーコアが唸りを上げる。
その瞬間、カレンだけが己の背に感じた。
寒々しい何かが背中を駆けあがってくる。
本能が叫んだ、恐ろしいことになると。
台本をなぞることしか考えていないレーサーたちに、それはわからないだろう。
あるいはわかったとしても何もできない。
だが、戦場で磨かれたカレンの野生が正しくスカルフェイスの脅威を認識した。
異形が異様な咆哮を上げている。
不可思議で足を押しとどめるような威圧感。
それはスカルフェイスへの恐怖に他ならない。
意味がわからないほどに削られて丸裸にされた骨だけの存在が放つ、何をしてくるかわからないという未知がそれを助長する。
カウントダウンが、スタートを告げるべく刻一刻と表示される中、カレンは台本を破り捨てることを選択肢へと上げていた。
スタート直後の競り合いだとか、その後のレース展開だとかが全て宇宙の彼方に飛んで行ってしまったかのようにスカルフェイスから目を離せない。
カレンは笑って唇を舐めた。
「ハッ! 良いぜ、それでこそだ」
台本の表示されたモニターを彼女は見ない。
野生本能の命じるままに全武装のロックを解除した。
それがトーマに勝つための最善。
カウントダウンは最後の一秒を刻む。
甲高いブザーとともにレースのスタートが宣言され――。
「喰らえ!!」
カレンは全ての砲をスカルフェイスに向けて放った。
轟音と熱が舗装路を砕いてとかし黒煙のベールを生み出す。
攻撃が終わった次の瞬間、そのベールは引き裂かれた。




