第24話 エネルギーコアレース前の再会
『さあ、やってまいりました、ウェアクローズレース! 実況は皆さまご存じネモタリーリヴ。解説は――』
『そこそこでやってますパチオンEXです』
『今日は本気を出していただきたいところですが、んふふふ、今宵もまた楽しみましょう! さあ、レース開始までは一時間――』
実況と司会の陽気な掛け合いがレースに使用される惑星ストラーダの通信網上を飛び交っている。
手を振り払うようにしてカレン・イグナスはそれらをシャットアウトする、うるさすぎて聞くに堪えない。
「カレンさん、一枚良いかしら?」
「はーい♪」
可愛げのある笑顔と仕草で、やってきたカメラマンを出迎える。
写真映えのするポーズを指示されて、その通りに身体を動かしとどめ、銀河中に人類が広がっても変わらないシャッターの音が鳴り終わるのを待つ。
「いいよー、かわいい! 今日のレース頑張ってね」
「ありがとうございまーす♪ がんばっちゃいますね♪」
人を虜にするような声で手を振ってカメラマンと別れて一人控室に戻る。
「……ふぅ、あ゛ー、やってらんねぇ」
そうして仮面を脱ぐようにカレン・イグナスはソファーの上に身を投げ出した。
カッティング・デザイン社のレーサーになる上で、契約条件として出されたのがこれだ。
軍人上がりにいったい何をやらせているのかと思うところであるが、これがレーサーというものであるらしい。
「こんなのの何がよかったんだ、トーマよォ」
電子煙草、文字通り電子レイヤー上にのみ存在する仮想の煙草に火をつけて仮想の煙を吐き出す。
「相変わらずで何よりだよ、カレン」
「このふりふりひらひらが見えねえってんなら眼医者にでも行くこったな、トーマ――って」
咄嗟に身体を跳ね上げ、背後へと跳んで義体の戦闘モードを起動する。
そこには見知った顔がいた。
当然のように戦闘プログラムを選択。
身体は目の前の相手に向けた拳を叩き込んだ。
拳は見知った顔を潰さずにその横を通り過ぎて壁にめり込んで止まる。
追撃を放とうとするが、すぐに目の前から消えて背後を取られ首元に手を置かれてしまう。
「チッ、鈍ってねえな」
「いきなり攻撃してくんなよ、ビビるだろうが」
「しっかり対応してる奴が何言ってやがる。相変わらずプログラムとプログラムの境の隙を突くのが上手いこって」
「それ以外に勝ち目がないからな」
「で、なんでここにいやがるだ、トーマ、テメェ」
「久しぶりに旧友に会いに」
トーマは、カレンがレースに出ると聞いてから一回あっておくかと、ステーションに来ていたのだ。
「ステルス野郎め」
そんな理由で警備を突破されたらたまったもんじゃないだろとカレンはソファーに腰掛けて足を組んだ。
電子タバコを加えてソファーにどかりと座っている彼女の姿に懐かしさを感じてトーマは目を細める。
「まさかアイドルレーサーやってるとは思わなかったよ」
「私もだよ。レーサーやるのにこんな条件だされるとか意味不明だわ」
「広告塔ってことなんだろ。台本通りに走れれば良いだけだからな」
「それだよ、血沸き肉躍る戦いじゃねえじゃねえかよ。なんでお前がこんなことやってんだ」
「俺は走りたいだけだからな。別に血沸き肉踊る戦いがやりたくてレーサーになったわけじゃねえ」
「はっ、ヘレフェールの撃墜王がそんなわけねえだろ」
「俺はなりたくて撃墜王になったわけじゃねえんだよ」
成り行きだ、とカレンの隣にトーマはどかりと腰を下ろす。
カレンが組んでいた足を解いた。
「そういうお前はどうなんだよ、カレン」
カレン・イグナスは、トーマ・ソウジロウとは根本からして異なる。
トーマは必然に駆られて入隊を決意した口であるが、彼女の場合軍人になることを選んだ手合いだ。
必然でも偶然でもなく、彼女は選択する自由から軍を選ぶ変わり者だった。
彼女は恵まれた家に生まれて何不自由な暮らしてきたお嬢様で、入隊当初はお嬢様口調も抜けていなかった。
彼女がただ者ではないと知れ渡ったのは入隊直後に彼女のことを揶揄った手合いを彼女自身がボコボコにした時だ。
今では下品な軍人スラングを使いこなし、荒々しい口調で敵を威圧する女軍人様である。
ついたあだ名が猛獣。
軍人というか海賊の方が向いてそうとか言われるくらいの暴れん坊という感じであったが、撃墜数は高いし作戦での貢献度も高水準。
自分で軍人を天職というだけのことはある実力者であることに違いはない。
軍を自分でやめるとは思っていなかったから、こうしてこんなところで再会するとは思ってもみなかった。
「……お前が連絡もなしに消えるからだ」
「俺が?」
「そうだ! コロニーに行ったらいねえし、連絡も繋がらねえしよ! そしたら知らねえ会社でレースに出てやがる。気になったらいてもたってもいられねえで、見に来たんだよ!」
トーマは、そういえば引っ越しの連絡とか誰にもしてなかったことを思い出す。
都市船が出てきたりと驚くようなことが多かったからすっかり忘れていた。
しかし、それで探しに来るためにレーサーにまでなるとは、なんというか思い切りが良すぎる。
いや、カレンらしいというべきかもしれない。
なにせ彼女は自由な選択肢の中で、軍人を選ぶような思い切りの良さを持つ女性なのだから。
「それは、悪かった。忘れてた」
「はぁぁ……お前はそういう奴だよ。友達甲斐がなさ過ぎる。付き合いは悪いし、勝手に判断しやがるし」
「付き合いに関しては金がなかったんだよ。後半は自覚したから矯正中だ」
カレンは呆れながらどこか嬉しそうに笑ってソファーに背を預け、電子煙草の煙を吐き出す。
トーマの視界をホログラムスモークでふさぐと、体のばねを使ってソファーを飛び降りた。
「でもまあ、元気そうで良かったよ」
「カレンもな」
「私は良いだろ、サイボーグなんだから。お前は生身だからな、病気とかかかるし、弱いし」
「便利だぞ、こういうとこに侵入するときは」
「だったら軍に戻れよ、合法でその才能を使えるぞ」
「悪いけど俺は今、好きなことやってるんだ。戻る気はないよ。カレンが軍を選んだように、俺はレーサーを選んだんだ」
トーマの言葉にカレンはより深く溜め息を吐いた。
「好きなことやってる私だからな、なんも言えねえ」
お互いに好きなことをやっているのなら干渉しない。
辞める時にもこんなやり取りをしたように思う。
懐かしさに思わず笑みをこぼしていると、思い出したようにカレンがトーマを指さす。
「そうだ、ここにいるんならレースにでるんだろ?」
「ああ」
「じゃあ本気で勝負だ。軍じゃできなかったからな。腕は衰えてねえよな?」
「良いのか? 走りなら俺が勝つぞ」
「それでこそ、だろ」
獰猛な猛獣のように笑うカレン。
強い相手にもまるで恐れない勇猛さは、記憶にある通り。
「わかった、レースで会おう」
トーマはそろそろ帰るかと出口へ向かう。
そんなトーマの背をカレンが軽口で叩いた。
「負けたら奢れよ」
「俺が勝ったら?」
「結婚でもしてやろうか? まだ独身だろ?」
「冗談。猛獣と結婚する趣味はないんだ」
「誰が猛獣だ!」
いつか軍隊でやったような軽い掛け合いを背に受けながらトーマは早足に廊下を歩き去る。
「ったく、変わらねえな、あいつは」
カレンは去っていった背中を見送り、ポケットの中に入れていたロケットの蓋を開けた。
そこにはとある作戦の後に無理を言ってトーマと二人で撮った写真が収められている。
「楽しみだ」
猛獣そのままの獰猛さを笑みで装飾して、アイドルの仮面をかぶり直す。
「さーて、血沸き肉躍る戦いに行くぞー♪」
波乱のレースが幕を開けようとしていた。




